Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
按ふに、畫圖翼贊に、九卷傳を引て、法印證賀とありといひ、また東鑑に、左, 動、兼工雜畫、九條藤相公使澄賀寫法然上人之眞、今在嵯峨二尊院、所謂足引, 近將監爲行御願寺を建らるへきの地を圖繪すなとありといひ、また法, 名は澄賀、, 之影是也、凡欲畫上人像者皆因之、栂尾高山寺有春日住吉二神像、俗傳二神, 年、月輪關白兼實公の命によりて、善導の眞影をしかき、また或時、同し公の, 澄賀竊見便摸寫、促其駕歸京城、墮馬而卒於道、上人之言果然也、今宅間之塚, 命ニよりて、法然の影を寫す、此影、二尊院にありて、世人、足引の影像と稱せ, 來受法於明惠、澄賀請見之、明惠曰、凡眼拜之、則恐有害、然固請不已、而姑許之、, 左近將監爲行の男、法眼に敍す、繪師なり、よく佛像、人, 物等を畫き、また雜圖ニ工みなりとそ、其筆意神妙に至るといへり、元久二, 在鳴瀑、取終於此地乎、, 眼か石碑、鳴瀧にあり、其文ニなと載せて、澄賀、勝賀二人を一人に混合せ, 疑是澄賀之族乎、, り、, 宅間勝賀、敍法橋、東寺長者補任曰, 法眼澄賀、姓は藤原、宅間氏, 〔扶桑名畫傳〕五十法眼澄賀、姓は藤原、宅間氏、, 〔扶桑名傳〕, 建久二年十二月二十八日, タルヲ以テ略ス, 或は託摩、又、宅, ○全文、前ニ收メ, 或は證賀に作るは、恐, らくは誤〓なるべし, 磨につくる, 五十, ノ底本, 澄賀勝賀, 勝賀, ニツキテ, 源空肖像, 澄賀, ノ考, 建久二年十二月二十八日, 八三二
割注
- タルヲ以テ略ス
- 或は託摩、又、宅
- ○全文、前ニ收メ
- 或は證賀に作るは、恐
- らくは誤〓なるべし
- 磨につくる
- 五十
頭注
- ノ底本
- 澄賀勝賀
- 勝賀
- ニツキテ
- 源空肖像
- 澄賀
- ノ考
柱
- 建久二年十二月二十八日
ノンブル
- 八三二
注記 (36)
- 445,709,79,2140按ふに、畫圖翼贊に、九卷傳を引て、法印證賀とありといひ、また東鑑に、左
- 1849,655,77,2206動、兼工雜畫、九條藤相公使澄賀寫法然上人之眞、今在嵯峨二尊院、所謂足引
- 332,714,74,2135近將監爲行御願寺を建らるへきの地を圖繪すなとありといひ、また法
- 1150,2586,55,280名は澄賀、
- 1732,655,79,2204之影是也、凡欲畫上人像者皆因之、栂尾高山寺有春日住吉二神像、俗傳二神
- 801,641,74,2209年、月輪關白兼實公の命によりて、善導の眞影をしかき、また或時、同し公の
- 1499,647,79,2213澄賀竊見便摸寫、促其駕歸京城、墮馬而卒於道、上人之言果然也、今宅間之塚
- 683,639,72,2207命ニよりて、法然の影を寫す、此影、二尊院にありて、世人、足引の影像と稱せ
- 1616,652,78,2220來受法於明惠、澄賀請見之、明惠曰、凡眼拜之、則恐有害、然固請不已、而姑許之、
- 1034,1278,66,1572左近將監爲行の男、法眼に敍す、繪師なり、よく佛像、人
- 916,639,78,2213物等を畫き、また雜圖ニ工みなりとそ、其筆意神妙に至るといへり、元久二
- 1399,646,59,639在鳴瀑、取終於此地乎、
- 215,710,76,2135眼か石碑、鳴瀧にあり、其文ニなと載せて、澄賀、勝賀二人を一人に混合せ
- 1267,2145,58,509疑是澄賀之族乎、
- 600,639,40,68り、
- 1279,646,62,996宅間勝賀、敍法橋、東寺長者補任曰
- 1154,1284,65,861法眼澄賀、姓は藤原、宅間氏
- 1147,599,99,1550〔扶桑名畫傳〕五十法眼澄賀、姓は藤原、宅間氏、
- 1147,611,97,420〔扶桑名傳〕
- 1983,723,46,468建久二年十二月二十八日
- 1258,1666,39,455タルヲ以テ略ス
- 1179,2159,44,403或は託摩、又、宅
- 1303,1657,42,460○全文、前ニ收メ
- 1077,654,47,610或は證賀に作るは、恐
- 1036,656,41,611らくは誤〓なるべし
- 1139,2161,40,337磨につくる
- 1195,1085,39,105五十
- 1745,293,42,118ノ底本
- 515,277,44,169澄賀勝賀
- 1301,284,41,82勝賀
- 476,287,33,154ニツキテ
- 1789,288,44,169源空肖像
- 1184,283,42,84澄賀
- 432,282,36,74ノ考
- 1983,723,46,468建久二年十二月二十八日
- 1966,2449,46,121八三二







