『大日本史料』 8編 27 延徳元年3月~同年6月 p.83

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此願に過さるへし、おほよそ水の尾のすめるなかれを請て、桃園の跡かうはしく、, たちわたる長柄の橋の朝かすみ春の氣色を何にたとへむ, りといへとも、文道にをきて其名たかく、武藝に至て其譽おほひならむ〓をおもふ、, 世に存せり、文明十一年、十六歳にして御受衣ありて、法名道治と稱し、道號を玉山と, の公書法に達し給ひ、またよく圖繪を畫かゝせらる、自畫贊の人麻呂の影像なと、今猶, 覽しに、書畫ともに疑ふふしなく、其親畫とおほえしかハ、今おもひ出てこゝにのせつ、, 右三十一字をつゝり、五十首につらねて、かの廟院にたてまつるむねおほきに似た, 〔夏日陪多田院廟前詠五十首和歌〕, 政大臣を贈らる、常徳院殿と號せり、, 按に、この公の畫事いまた徴なしといへとも、一とせ御自畫贊といふ柿本の影像を, 春十首, 號す、後また悦山と改めらる、長享三年三月廿六日, 征夷大將軍從一位行權大納言源朝臣義尚, 薨す、年廿五、同廿七日、太, 延徳元年三月二十六日, 首・戀五首・雜十五首アルモ之ヲ略ス、, ○以下春九首・夏五首・秋十首・冬五, ○中, 或ハ廿, 全文ハ文明十六年五, 略, 二日、, 月十日ノ條ニ收ム、, ノ影像ヲ畫, キ自贊ヲナ, 柿本人麻呂, 延徳元年三月二十六日, 八三

割注

  • 首・戀五首・雜十五首アルモ之ヲ略ス、
  • ○以下春九首・夏五首・秋十首・冬五
  • ○中
  • 或ハ廿
  • 全文ハ文明十六年五
  • 二日、
  • 月十日ノ條ニ收ム、

頭注

  • ノ影像ヲ畫
  • キ自贊ヲナ
  • 柿本人麻呂

  • 延徳元年三月二十六日

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  • 八三

注記 (28)

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