『大日本史料』 4編 6 正治元年1月~建仁元年3月 p.900

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治元年五月一日ノ條ニ見エタリ、參看スベシ、, とみるそかれしく、〓もとゝまらるおほゆる, とり深くしけりて、あたらしくかされるよりも、なか〳〵にそみえ侍し、御, 鞠はしまりて、人かちなる庭のけしきをさこそはあれ、人かけのうちして、, 佛堂の香のかもおとら及にほひ出之、世をそむきたるすみかは、かはかり, こゝかしこのたてしとみにたちかゝりのそく人もみえす、人のするかと, に、庭の花、跡もなべまてつもれるに、松にかゝれる藤、まかきのうちの山吹, たにおほえて、日の暮る程に、おく深く鈴の聲して、うち鳴したるかねの聲, 心もとなきに、所々咲て、妙かうの香の、花の匂ひにあらそひたるさま、御持, にてこそは住なさめと心にくゝみえ侍き、物矛りたる軒に、しのふ忘草み, 源家長日記ヲ合考シテ、是日ニ掲書ス、是ヨリ先キ、内親王御惱ノ事、正, ○内親王薨御ノ年月日ハ、諸書ニ、明文ヲ闕クト雖ドモ、今、明月記、及ビ, も、心ほそくてたふとかりき、いくほとのとし月も〓たゝらて、ぬしなき宿, 明月記〕七正治二年二月卅日、天晴、巳後大風、陰雲、早旦參大炊殿、自一昨, 收, ム、, ム收, ○下略、京極殿御移徒ノ事二, 係ル、明年十月十九日ノ條二, 建仁元年正月二十五日, 九〇〇

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  • ○下略、京極殿御移徒ノ事二
  • 係ル、明年十月十九日ノ條二

  • 建仁元年正月二十五日

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  • 九〇〇

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