『大日本史料』 4編 9 建永元年5月~承元2年2月 p.10

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めしつかはれんとて、やがて西めんの衆にぞなされける、, 之はうかの子どもを御らんずるに、いづれもきよげなりければ、ゐん中に, るによりてくまのまうでのおりふし、上くはうのみくまのまうでありし, かば、道にて參りあひ奉りけり、上くはういかなるものぞと御たづねあり, さからすおぼしめしけり、, かはるゝことあり、北面はむかししら川のいんの御宇にはしめをかる、西, めんはこのいんの御宇にはしまりぬ、またくはんとうへ仰せて、ゆみとり, のよからんものを十人すくりて參らせよとめされしかは、うけ給はると, 十四十五の子をもちけるが、いまだげんぶくもせず、さるしゆくぐはんあ, ければ、にしなの四郎平のもりとを、同二人のなんしにて候と申ければ、上, またほ之めん西面とてさふらひをちかくめしつ, 兵衞太郎、たか井兵衞太郎、おきのゝ三郎六人を參らせけれは、上くはうあ, こゝに又しなのゝくにのぢう人にしなの平四郎もりとをといふ侍あり、, 申て、つたのちくこの六郎、しつまわかさの兵衞二郎、はらの彌五郎、つく井, 〔承久軍物語〕三この大竹小太郎と申は、上くはうくはんとうへ、侍のす, 〔承久軍物語〕, 略、, ○上, ○下, 略、, ○中, 略, 二長ゼシ, 武士ヲ進, シテ弓取, 關東ニ勅, 仁科盛遠, 西面ノ武, ノ二男ヲ, 士トナス, メシメ給, フ, 建永元年五月六日, 一〇

割注

  • 略、
  • ○上
  • ○下
  • ○中

頭注

  • 二長ゼシ
  • 武士ヲ進
  • シテ弓取
  • 關東ニ勅
  • 仁科盛遠
  • 西面ノ武
  • ノ二男ヲ
  • 士トナス
  • メシメ給

  • 建永元年五月六日

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  • 一〇

注記 (34)

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