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修禪の淨境なり、開基、智泉大徳, いふ所あり、我住ける所なり、不斷念佛を唱へて一邊に往生極樂を願より, 佛高野之新別所等也云々、又長明發心集に云、齋所權介成清か子、親にはか, 重源新別所に隱遁して、不斷念佛三昧を行せし事分明なり、但し重源所住, 外に他の營みなし、早く彼衆に連り、念佛の功を積れよといさめられ、高野, くともいはて遁世しけるを、重源上人有かたく尊く思召されて新別所と, 源又七所搆精舍、置僧粮勸不斷念佛、所謂東大念, へ登りけると云々、又東鑑に、重源逐電在于高野山云々、此等の書によるに、, 密教、後隨源空受專修法, の後は、繼住の人もなく、道場に唱名の聲絶へ、堂舍朽損し、廢頽此に極りぬ、, 丞紀季重子、長谷雄十二世之孫、俗名重定、俄慕釋門出家得度、在醍醐寺習學, 中興重源、, の如し、萬樹翠りを雜へて深く鎖し、異鳥觜を異にして靜に囀す、實に緇客, 本朝僧傳云、釋重源、字俊乘、與厩, 〔淨家寺鑑〕前集四繋乃反鑛ボ石像寺、御本尊惠心の御作、, 師弟子傳及諸傳の中に新, 別所開創の事所考な, 師は大師十大弟子の隨一東南院創造の, 師なり、院譜の意に依に、大徳此淨境を〓, するに、閑寂にして修禪相應の地なるを以、輙ち草庵を結んてよりし此, ○注文, 略ス, 安禪し玉ふ、然るに大徳掩化の後、所住の人なく荒廢數百年なりと、但し, 略, 中, 略, ○下, (衍方, 山城ノ石, 像寺, 建永元年六月四日, 八六
割注
- 師弟子傳及諸傳の中に新
- 別所開創の事所考な
- 師は大師十大弟子の隨一東南院創造の
- 師なり、院譜の意に依に、大徳此淨境を〓
- するに、閑寂にして修禪相應の地なるを以、輙ち草庵を結んてよりし此
- ○注文
- 略ス
- 安禪し玉ふ、然るに大徳掩化の後、所住の人なく荒廢數百年なりと、但し
- 略
- 中
- ○下
- (衍方
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- 山城ノ石
- 像寺
柱
- 建永元年六月四日
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- 八六
注記 (32)
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