『大日本史料』 4編 10 承元2年3月~4年12月 p.100

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大將, てたりけり、國文轡はけてあけて參たりけり、舍人壹人口に付て、祿二領た, 文が馬のみつゝきを取て、ひざまづき立けるを、國文取もあへす、をのか馬, りければ、國文か郎等すゝみ寄て、其由をいひけれは、高遠すはとて、なけす, 下人を召て、其〓よも御用候はし、申給らんと江の兵衞殿に申せと、いひた, の手繩おもかいをおしはづして、平頭をうちてけり、高遠〓を持なから尻, ゆびと、國文かかひなと、いづれかふときなと云けり、去程に、打ちかひて高, て候けるか、其郎等たかまとの九郎、國文か馬のくひにいたき付て、棧敷に, 遠前に立たりけるを、國文追てやがて高遠を取おとしつ、高遠落さまに、國, く取て捨られなんすと、人々も思たちけり、高遠も傍輩にあひて、高遠か小, まわりけり、ことに叡感ありけるとそ、かやうの時、おもかいをしはつす事, 居にまろひぬ、國文か馬轡もなくて走けるを、中判官親清、馬場末を守護し, をしあてゝ、とゝめてけり、高遠むなしき轡を持て、馬場末に有けるを、國文, 下〓に隨身をあはせられけり、同二年の五番の乘尻、左兵衞尉大江高遠、右, 下〓佐伯國文とさため下されたり、高遠は馬にもしたゝか, に乘上、大男にて強力の聞へ有けり、國文は小男無力のもの也けれは、疑な, 野々宮左, 大臣公繼, 高遠ト國, 文, 承元二年五月九日, 一〇〇

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  • 野々宮左
  • 大臣公繼

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  • 高遠ト國

  • 承元二年五月九日

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  • 一〇〇

注記 (22)

  • 1683,646,52,124大將
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