『大日本史料』 4編 15 承久元年2月 p.116

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そおぼしめしける、, くのそう地とうを給はりたるなり、てうてきついたう六かねんかあひだ、, さか二なん、こ右大しやうとのゝこじうと、あまみだい所のせうとにてお, しなひたる御家人ともに、くんこうのしな〳〵にしたかひて、わかちたひ, あるひはおやをうたせ、子をうたせ、あるひはしうをうたせ、いへの子をう, 上ちやくせしかは、いんざんして、仰のおもむき一々にちよくたうせられ, よりとも卿、平家をうちほろほしたるけんじやうに、後しら川の院日本ご, たらんぢとうしよくを、させるざいくはもなくして、よしときかはからひ, はしけれは、世の人おもんして、このげぢにしたかはぬはなかりけり、都に, 道家ノ子、三寅下向ノ宣下アルコト、六月三日ノ條ニ見ユ、, シメンコトヲ請ヒシコト、二月十三日ノ條ニ見エタリ、コノ後、左大臣, けるは、先地とうしよくと申ことは、いにしへはなかりしに、故う大しやう, として、あらため申へきやう候はすとて、きよゝうし奉らさりしかは、君大, きにげきりんあつて、その時よりいよ〳〵くはんとうをほろほさはやと, ○藤原行光ヲ京都ニ遣シテ、六條宮、冷泉宮ノ中ヲ將軍トシテ下向セ, 關東ヲ滅, 上皇怒テ, 義時ノ勅, サントシ, 給フ, 答, 承久元年三月八日, 一一六

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  • 關東ヲ滅
  • 上皇怒テ
  • 義時ノ勅
  • サントシ
  • 給フ

  • 承久元年三月八日

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  • 一一六

注記 (23)

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  • 1216,624,58,2235くのそう地とうを給はりたるなり、てうてきついたう六かねんかあひだ、
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