『大日本史料』 4編 16 承久3年5月~7月 p.70

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なく聳え連り、彼佛岳立嶺に續き、岩石は屏風を立たるかことく、人力を以, りて、其穴の中へ駈込ぬれは、はや跡より打よする巨濤、巖壁に打懸るに、汐, ひ魂を消す、此間絶壁の岩根に大なる穴ありて、或は五七間、又は八九間に, らす子しらす、駒かへり、いぬもとりなと、都て此邊、右の方は嶮山幾重とも, して、同しさまなる穴の幾つもあり、往來の旅人、彼大浪の引を見合、急に走, 見えて、果もしられぬ滄海なれは、巨濤逆浪隙なく打よせて見る者、氣を失, の藻屑となれり、此故に親も子を見かへるいとまなく、子も親を尋るに〓, て道を開くこと能はす、僅に波打際の危き道を往還す、左は遙に隱岐の邊, なきとて、親しらず子しらすと名附たり、, 煙りいともすさましく立登り、走りおくれたる者は、浪にふれて、忽ち大洋, 驛也、此所より外波宇多青海まて、濱邊四里程の天下無双の難所にて、親し, 越後路に入て初めての, 境, 宮崎, 北越略風土記, 泊, 市振, 〔越登加三州志〕, 景周按、三名一趾也、在三位郷、狹見ノ輩各名ヲ立テ別趾トシテ、分出ノ書, 云ハ是ト別也、, 但シ境巴告ト, 或作荒山、, 三十故墟考二, 或作宮, 外海宇多, ○下, 略、, 崎ケ鼻、, 新川郡, 又作南城、, ヘ二里, 北陸道, 一驛路之部, 記アリ、〓レリ、予多年ノ考訂ヲ以テ刊定ス、略、, 景周按、三名一趾也、在三位郷、狹見ノ輩各名ヲ立テ別趾トシテ、分出ノ書, 新, 宮崎, 市振, 承久三年五月三十日, 七〇

割注

  • 云ハ是ト別也、
  • 但シ境巴告ト
  • 或作荒山、
  • 三十故墟考二
  • 或作宮
  • 外海宇多
  • ○下
  • 略、
  • 崎ケ鼻、
  • 新川郡
  • 又作南城、
  • ヘ二里
  • 北陸道
  • 一驛路之部
  • 記アリ、〓レリ、予多年ノ考訂ヲ以テ刊定ス、略、
  • 景周按、三名一趾也、在三位郷、狹見ノ輩各名ヲ立テ別趾トシテ、分出ノ書

頭注

  • 宮崎
  • 市振

  • 承久三年五月三十日

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  • 七〇

注記 (40)

  • 1490,652,58,2208なく聳え連り、彼佛岳立嶺に續き、岩石は屏風を立たるかことく、人力を以
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