『大日本史料』 5編 1 承久3年7月~貞応2年5月 p.33

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ぬ床の露けさ、猶行末もふかき恨をとりあへさりし、鳥羽殿の御おもかけ, つかせ給ひぬれは、ふな人たよりの風をまつの下ふし、よころへて、ならは, え侍し、春ならて山もとかすむみなせ川をすきさせ給、秋の心はうれへと, て、万代の名譽をのこす事をかたるを、きこしめすにつけても、取勝四天王, けん、山かさなり江かさなる道をへて、いつもの國におほはまといふ所に, ふのありきをまなひ給ひしそかし、人のこのむ所かならすむなしからぬ, ならひなりけれは、さもあらましの御かよひちをしも、つはものにかこま, し、かしこきものをしてつきたりし經のしまの、おほくの人の命をたすけ, 國のうらみ、隋堤にしもかきらさりける車をとまて、かなしく思しめされ, もむなしくて、ゆく〳〵御覽しやれは、入道大相國、民部大輔成良ときこえ, 院たにも、天魔のためにこほちこかされにし、ほいなくやおほしめしいて, けん、つの國のこやはせはくとも、御かけをとゝめてしかなと、思はせ給ふ, れて、とをさかり給ぬる、よしなかりける御すさひかなとそ、くやしくおほ, ゆきのふりにし跡をたつぬれは、鳥羽より西はさたまれる式にて、もの, してつきすといふことなし、あはれむへし、みなせの洞庭に柳かしけて、亡, ニ著御, ヲ通御, 出雲大濱, 水無瀬川, 攝津毘野, 承久三年七月十三日, 三三

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  • ニ著御
  • ヲ通御
  • 出雲大濱
  • 水無瀬川
  • 攝津毘野

  • 承久三年七月十三日

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  • 三三

注記 (22)

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