『大日本史料』 5編 1 承久3年7月~貞応2年5月 p.485

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後世迄傳りしにはあらす、たゝ狂亂の遊興一時の御なくさめにてありけ, らせて、馬上にて射給ひし也、此時より犬追物始りて、打續て、犬追物行はれ、, れは、其事絶て傳らす、されは其始とは云かたし、實朝公の時を以て、始とす, 六波羅、中原如意丸ニ播磨一方廳直職、恒富保下司公文、及ビ薦江保地頭, 〔猪隈關白記, にて、惡行をし給ひ、御心狂亂したる天子也、獵を好み給ひしに依て、犬を走, 八日、, 職等ヲ安堵セシム、, 追物に似たる事とは云へし、犬追物の始とは云へからす、武烈天皇は惡王, 犬試馬ト云事見えたり、犬追物は武烈天皇より始ると云、貞丈按るに、是犬, て書たる也、頼朝卿の時犬追物のありしと云證據にはならぬ事也, へし、それより絶えす行はれたり、, 〕二月八日、丁亥、土、成、天晴、釋奠如例云々, 又一説に、日本紀武烈天皇紀に、走, 釋奠、, 大なる僞作也、近年の人の作也、不可用、, の名あり、頼朝時代の犬追物を記したり, の事を書き、繪圖にもあり、犬追物の日、平家の怨靈出てし事なとを記した, 羽林, り、妄作僞書也、是又頼朝時代犬追物行之といふ證にはならす、又近年板行, の書に、犬追物秘記といふ書あり、三浦介上總介か著したりとて、末に兩人, 十郎左衞門久慶か記したる犬追物の書一卷あり、其書頼朝時代の犬追物, 年、島津, 元和八, 抄, 貞應元年二月八日, 四八五

割注

  • 大なる僞作也、近年の人の作也、不可用、
  • の名あり、頼朝時代の犬追物を記したり
  • の事を書き、繪圖にもあり、犬追物の日、平家の怨靈出てし事なとを記した
  • 羽林
  • り、妄作僞書也、是又頼朝時代犬追物行之といふ證にはならす、又近年板行
  • の書に、犬追物秘記といふ書あり、三浦介上總介か著したりとて、末に兩人
  • 十郎左衞門久慶か記したる犬追物の書一卷あり、其書頼朝時代の犬追物
  • 年、島津
  • 元和八

  • 貞應元年二月八日

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  • 四八五

注記 (27)

  • 915,724,53,2004後世迄傳りしにはあらす、たゝ狂亂の遊興一時の御なくさめにてありけ
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