『大日本史料』 5編 14 仁治3年正月~同年7月 p.394

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〔増鏡〕, 四日、三位殿入内第二夜儀也、如予者無所役云々、輕服之間旁不參内、, り十人立たりけるに、前右府は冠の尻さけて劒のしりもさけて白き手拭を胸に二三尺は, 參内難叶之由、, に立后、御母は大納言隆衡女也、常盤井准后とそ申、此女御は、日來いつれの君へまい, らすへしといふ定はなけれとも、只女御に參らせんとて、かしつきまいらせける、かひ, つくさる、母北のかたは四條大納言隆ひらのむすめなり、女御の君いとさゝやかに、あ, 〔五代帝王物語〕六月三日、前右大臣, 〳〵しくかゝる御世を待えて參り給ふ、露顯の日親族の拜有けるには、閑院の公卿はか, かりさけたり、ひゝしくそ見えける、, 〔女院次第〕大宮, おもふさまなる世の氣色、あかぬことなし、, 六月十日爲女御、, いきやうつきてめてたくものし給へは、御おほえいとかひ〳〵しく、よろつうちあひ、, 十八になり給を女御にたてまつり給、六月三日入内のきしき、ありさまになくきよらを, 十日、今日入御三位殿方云々、號露顯日、神今食前齋間輕服之輩難參者、, まことや、この比右大臣ときこゆるは實氏のおとゝよ、其御女, 女、女御にまいり給、御年十八也、八月, ○徳川義親氏本, 四三神山, 實氏, 實氏第一女、母大納言隆衡女、從一位藤貞子、, 公、, 藤n子、後嵯峨后、後深草、龜山母、大相國, 大宮院, タルヘキ, 傳育ヲ受, 日來女御, ク, 仁治三年六月三日, 三九四

割注

  • ○徳川義親氏本
  • 四三神山
  • 實氏
  • 實氏第一女、母大納言隆衡女、從一位藤貞子、
  • 公、
  • 藤n子、後嵯峨后、後深草、龜山母、大相國
  • 大宮院

頭注

  • タルヘキ
  • 傳育ヲ受
  • 日來女御

  • 仁治三年六月三日

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  • 三九四

注記 (31)

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