『大日本史料』 5編 23 宝治元年10月~同年12月 p.225

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久我内大臣, ならむこと、我本意なり、しからすは出家して何の盆かはあるへきと申されけり、父, 汰ありしに、童子是をきゝて、これらはさらにのそむ所にあらす、法然上人の弟子と, 長男なり、, めんとするに、生年纔に十四歳、幼齡なりといへとも、深く菩提心に住して、更に理, 種々の嘉瑞ありて、この家に誕生す、童稚のむかし、, 和・醍醐の院家にや入しむへき、南都・北嶺の門室にやつかはすへきなと、様々の沙, るさす、その母愁歎のあまり、一條堀川の橋の邊にして、橋占をとはれけるに、一僧, 行けり、さては佛法の器なるへきしるしにこそとて、ちからなく出家をそゆるされけ, ありて、眞觀清淨觀、廣大智惠觀、悲觀及慈觀、常願常瞻仰の偈を誦して、西に向て, 髮のこゝろさしなし、たゝ出家の儀を庶幾ふ、嚴父嫡子なるをもて、すへてこれをゆ, 治承元年, 彼明敏の性を感して、且は一門なるによりて、猶子として元服せし, る、, 其後は、冠帶劒笏の經營をさしをきて、ひきかへ釋門入室の談話にてそありける、仁, 十一月九日、, この善慧上人は、俗姓は源氏、天暦聖主の皇胤、賀州刺史親季朝臣, ○繪, 略ス, 法名, 通親, 證玄、, 酉、, 辰、, 公、, 甲, 略ス, [丁, 門ナリ, 源通親ノ一, 入ル, 源空ノ門ニ, 寶治元年十一月二十六日, 二二五

割注

  • 法名
  • 通親
  • 證玄、
  • 酉、
  • 辰、
  • 公、
  • 略ス
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頭注

  • 門ナリ
  • 源通親ノ一
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  • 源空ノ門ニ

  • 寶治元年十一月二十六日

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  • 二二五

注記 (34)

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