『大日本史料』 6編 2 建武元年10月~延元元年正月 p.562

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謹言、, 〔附録〕, この御をんいかにと仕候て、おくりまいらせ候へきと存候、身におき候て, つのり候へく候、石河左近入道殿御事、返々めてたく悦入て候、返々このた, ひの御心さし、いかにと申入へきやらんわきまへす候、事々期後信候、恐々, ようは、なに事にて候とも、うけ給候へく候、代官をくたし候、尚々も御ふち, て、この思を申入候へく候、もしかまくらへ御のほり候はゝ、御たつねにあ, らせて候よし承候へは、此御をんいつのよまても、申つくしかたく畏入候、, は、はんしたのみ入まいらせて候、かい〳〵しく候はすとも、これにての御, にあつかり候へく候、程もちかく候へは、世上ちととりしつめ候て罷下候, 代官にて候物すてにちんしにあひ候へきにて候けるに、たすけられまい, 建武二八月廿三日左衞門尉俊幸在判, 此世上かうとおほへて候しに、ふしきに如此候へは、公私目出度存候、兼又, 一大友貞載ニ令シテ、兵ヲ率井テ上京セシメ、又、堀口貞政ヲシテ, 謹上吉田別當御房御坊, 二十日, 〔下妻大寶八幡文書〕, 大, 建武二八月廿三日, ○楓軒文, 書纂所收, 、己, 巳, 世變ニ對, スル當時, ノ感情, 建武二年八月二十日, 五六二

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  • ○楓軒文
  • 書纂所收
  • 、己

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  • 世變ニ對
  • スル當時
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  • 建武二年八月二十日

ノンブル

  • 五六二

注記 (28)

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