『大日本史料』 6編 4 建武4年正月~暦応元年閏7月 p.326

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建武四年七月廿四日尊氏御判, ヲ抑留スルヲ戒筋セシメ給フ、, 大功をなし、經會等の神事を興行之處、文和の比不慮に他人に改補せらる, のかた、東寺門流の人む〓と補任しきたる者也、依之等持寺殿の御代建武, 闍梨覺淵、この密嚴院を建立して、右大將家の御祈祷を始め置けり、自爾こ, 状を帶する上、右大將家御自筆の重書以下、相傳の子細他にことなる者哉、, を補任せらる、社務十六か年の間、隨分造營の, 歎申入に就て、寶筐院殿度々御吹擧を進られ畢ぬ、隆源先師經深法印か讓, 若其闕出來之時者、一日若其名をかけは、萬年いよ〳〵御祈祷の忠を抽へ, 年中に、祖師降舜僧正, 二十五日, 密嚴院別當職事、任先例可被致沙汰之状如件, き者也、, 水本僧正御房, 〔押小路文書〕, 日、刻、光嚴上皇、中原師香ヲシテ、掃部寮領河内大庭郷土民ニ、年貢, 掃部寮領河内國大庭郷野内散所名土民等年貢抑留、寮家違背事、令奏聞處、, (隆舜), 南朝延元二年北朝建武四年七月二十五日, 報恩院, ○水本, 八十, 癸, 二, 由來, 密嚴院ノ, 南朝延元二年北朝建武四年七月二十五日, 三二六

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  • 報恩院
  • ○水本
  • 八十

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  • 由來
  • 密嚴院ノ

  • 南朝延元二年北朝建武四年七月二十五日

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  • 三二六

注記 (28)

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