『大日本史料』 6編 8 康永3年正月~貞和元年4月 p.39

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御返事云、, 十四日乙亥、天晴、今日自二條殿被尋仰云、, 正慶のをいふを遵行せられ候へきよし、宣下の候けるは、いつの日にて, く候、又奉行人の日次の事、たつね下され候し、廿二日よりはしめをこな, ん、もし正月なとはかり遵行せられ候へきやらむ、條々くはしくしるし, 申され候べく候よし仰事候, 候けるやらむ、申され候べく候、このをいふしはし用られ候へきやら, 正慶のをいふ遵行せられ候へきよしの宣下、師-いまた存知をす候、も, 〔續史愚抄〕, し官方や存知仕候覽、不審存候、正月はかり用られ候へき事も、才學な, ハれ候へきよし、仰下され候、うち〳〵御心へ候へく候、あなかしこ、, 此日左右馬頭少納言等不參、各申代官、奉行藏人勘解由次官朝房、, 七日己巳、節會有出御、外辨堂上後白地入御、頃之出, 八日, 北朝、女敍位ヲ延引ス、, 〔師守記〕四正月八日己巳、天晴、申刻已後雨降、終夜不休、今日女敍位延引、, 御、國栖後入御、依御咳病云、内辨左大臣、公賢、外辨右大將公清、已下五人參仕、, 〔戊辰), 二十二, 光明院下, 園太暦、, 行類抄, 巳, 己, 己己, 遵行宣下, ノ事ニツ, 二條良基, 正慶制符, キテ師右, ニ問フ, 南朝興國五年北朝康永三年正月八日, 三九

割注

  • 二十二
  • 光明院下
  • 園太暦、
  • 行類抄
  • 己己

頭注

  • 遵行宣下
  • ノ事ニツ
  • 二條良基
  • 正慶制符
  • キテ師右
  • ニ問フ

  • 南朝興國五年北朝康永三年正月八日

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  • 三九

注記 (33)

  • 1346,630,57,280御返事云、
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