『大日本史料』 6編 9 貞和元年5月~貞和2年7月 p.627

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亂御合戰之刻、數箇度抽軍忠之上、爲親孝行志深切也、云彼云此、忠節異他之, 右かのにのは、置うきんちうたいさうてんのちなり、しかるを〓うきんか, 下調度證文等、所令讓與時秀也、且爲一所所領之間、不可有女子養子他人相, 傳之儀、子細先日被定置訖、若有不慮子細之時者、可令領掌者也、仍爲永代龜, 間、立惣領、相副關東代々御下文御下知御教書、并先祖代々手繼相傳讓状以, 迄于性海七代相傳知行無相違所領也、而至子息源藏人時秀者、今度天下動, 康永四年九月廿六日沙彌性海(花押〕, 爲後日所加奧書也、因此旨令知行之状件, 右於當郷地頭職者、去元暦建久先祖秋家秋通、令拜領右大將家御下文以來, 九月廿六日性(花押), 鏡讓状如件、, 九月廿六日, 事、, さつまのくにいしゆゐんのふ之万みやうの内、ふるさとのにの二か所か, 薩藩舊記, 限西深淵堺烏川切石乃通、限北立山横峯, 前集十五, 山田氏文書, さつまの之にいしゆゐんのふ之万みやうの内、ふるさとのにの二の所ム, 〔薩摩國伊集院福)(名)(古里), たうきん, 地ヲ讓ル, 南朝興國六年北朝貞和元年雜載, 限西深淵堺烏川切石乃通、限北立山横峯, 六二七

割注

  • 前集十五
  • 山田氏文書
  • さつまの之にいしゆゐんのふ之万みやうの内、ふるさとのにの二の所ム
  • 〔薩摩國伊集院福)(名)(古里)

頭注

  • たうきん
  • 地ヲ讓ル

  • 南朝興國六年北朝貞和元年雜載
  • 限西深淵堺烏川切石乃通、限北立山横峯

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  • 六二七

注記 (25)

  • 1527,642,65,2222亂御合戰之刻、數箇度抽軍忠之上、爲親孝行志深切也、云彼云此、忠節異他之
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