『大日本史料』 6編 9 貞和元年5月~貞和2年7月 p.649

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和與状、, われ〳〵うけ給候て、このよしおなきき申候によて、まつほんしようもん, しおきかれ候て、これはひくに一このあいたにて候お、こゝろゑす候よし、, たかはまとの申され候て、このところおおさへ申され候ほとに、このやう, 等爲蒙安堵御成敗、謹目安言上如件, にく候ニよて、みと□およ人におもひあて候つきと、たかはまとのこのよ, 反故及〓訴之條、不可有御許容者哉、以此旨可然樣有御披露、如元名主百姓, 康永四年九月日, 事のしさいおたつ○申候へは、しんふみやうれんより、しよりやうおさう, 數輩御奉行、得當御奉行折、號良伊豆丸、爲被捨徳政法、以同篇古反故就訴申, 頭御代官、被追立宇野九郎訖、雖然有所存之者、則可及上訴之處、無其儀、差置, めうにうひくにと、たかはまとのと、御きやうたいの御中たかい候ニよて、, 簡年者、非御沙汰限之條、御式目法也、何況今年者四十九年之間不知行、捧古, 之、被封下之條、殆非撫民之儀、然而雖帶關東御下文御下知之状、過當知行廿, 〔深堀記録證文〕〓肥前, ○本文ノ具書ニ、關東徳政法ヲ載セタリ、永仁, 五年三月六日ノ條ニ收メタルヲ以テ略ス、, 比丘トた, かはまト, 所領ニツ, めうそう, キテノ和, 與, 南朝興國六年北朝貞和元年雜載, 六四九

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  • ○本文ノ具書ニ、關東徳政法ヲ載セタリ、永仁
  • 五年三月六日ノ條ニ收メタルヲ以テ略ス、

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  • 比丘トた
  • かはまト
  • 所領ニツ
  • めうそう
  • キテノ和

  • 南朝興國六年北朝貞和元年雜載

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  • 六四九

注記 (25)

  • 1084,567,74,233和與状、
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