『大日本史料』 6編 13 貞和5年11月~観応元年11月 p.591

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侍ると申たりしかは、あなうれしとてもて參らせたまひき、かほとのこと, みよと仰ことにて、求るなりと仰らるゝに、九のまきのそこ〳〵のほとに, をられ壹き事有て、御本を御覽すれとも、御覽しいたさ〓ぬ也、猶よくひき, れき事ともなり、〓のためしを思ひて、自讚のことなゝ〓あり、, みたまへとて立とま程しるに、又馬をはに、とゝむる所にて馬を牽たふし, こはの外もありしことゝもおほえす、, は兒ともゝ常のことなれと、昔の人はいさゝかの事をも、いみしく自讚し, 〓りひろけ給て、唯今御所にて紫乃朱うはふことを忌むとい〓文を御覽, 殿社候したまひし御さうしへ、用有て參りたりしに、論語の四五六の卷を, を心にかけぬを第一志道とす、, しむるをみて、今一度むあをはするものならは、馬たふれて落へし、しはし, て、の多人泥土〓中にころひ入、その詞のあやまらさることを人みな感す、, 一人數多つれて花見ありきしに、取勝光院の邊にて、をのこの馬をはしら, 一當代いまた坊におはしましゝ比、万里小路殿御所ね〓しに堀河大納言, 御隨身近友か自讚とて、七箇條かきとゝめたなこと有、皆馬藝させるこはと, 二百廿四, 後醍醐, 兼好自讚, 豫言ノ的, ノ七事, 論語ヲ諳, 記ス, 中, 南朝正平五年北朝觀應元年四月八日, 五九一

割注

  • 後醍醐

頭注

  • 兼好自讚
  • 豫言ノ的
  • ノ七事
  • 論語ヲ諳
  • 記ス

  • 南朝正平五年北朝觀應元年四月八日

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  • 五九一

注記 (25)

  • 400,652,57,2210侍ると申たりしかは、あなうれしとてもて參らせたまひき、かほとのこと
  • 517,657,57,2206みよと仰ことにて、求るなりと仰らるゝに、九のまきのそこ〳〵のほとに
  • 633,655,59,2211をられ壹き事有て、御本を御覽すれとも、御覽しいたさ〓ぬ也、猶よくひき
  • 1568,655,55,1858れき事ともなり、〓のためしを思ひて、自讚のことなゝ〓あり、
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