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奧書曰、文和二年癸巳十月十九日、於武州高幡不動堂書了、能信、, の建立也、南朝の正平五年十二月十三日、, 〔參考〕, 寺に移せり、第三世二品任瑜法親王は、土御門宮と申て、同し天皇の皇子な, 奧書曰、正中二年乙丑七月廿二日、能信、花押聖眞、花押、寂法、花押、是圓、花, 奧書曰、文和二年十月廿一日、於高幡不動堂書寫了、金剛佛子能信、, り、法脈附屬の後一派の僧徒、當寺の裁許を受しによりて、門葉の寺院數十, 一信上人御誓状, 後村上天皇御祈願の綸旨をたまひ、また東南院二品親王の令旨を給へり、, にありて、僧能信, 同し天皇の文和元年、勅に依て攝津國天王寺の正觀音の靈像を當, 〔寶生院經藏圖書目録〕, 〔尾張志, 寶生院と號す、もと中島郡大須庄北野村, 一信上人御誓状一通, 一秘藏記抄能信一册殘闕, 一秘藏記抄, 押、, 一册殘闕, 能信, 六言〓古屋の寺院上眞福寺門前町の西側にありて、北野山, 南朝正平九年北朝文和三年閏十月二十五日, 伊勢の祠官從三, 位度會行家の子、, 呼ひて、今美濃國中島郡に屬せり、, 天滿宮鎭座の地なる故、北野村と, 今尚存, 眞言宗, せり、, 二十, 六言〓古屋の寺院上眞福寺門前町の西側にありて、北野山, 能信ノ建, 同秘藏記, 抄ヲ寫ス, 眞福寺, 能信誓状, 立, 南朝正平九年北朝文和三年閏十月二十五日, 二二八
割注
- 伊勢の祠官從三
- 位度會行家の子、
- 呼ひて、今美濃國中島郡に屬せり、
- 天滿宮鎭座の地なる故、北野村と
- 今尚存
- 眞言宗
- せり、
- 二十
- 六言〓古屋の寺院上眞福寺門前町の西側にありて、北野山
頭注
- 能信ノ建
- 同秘藏記
- 抄ヲ寫ス
- 眞福寺
- 能信誓状
- 立
柱
- 南朝正平九年北朝文和三年閏十月二十五日
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- 二二八
注記 (39)
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