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界大形無疑と存候て心替也、, は信玄公へよくしたしみ申、内々〓をながし候、其夜は岡部次郎右衞門をはじめ、悉か, ほの色替候、殊更三州先方奥平美作守子息九八郎ふりかはり候、子細は右の武士物をよ, せんに人去テかりくんとしようすと有を、奥平父子聞、信玄公巳歳にて御座候間、御他, を差越なされ候、武田の家老各はかりことをもつて、江雪をしばらくとゞめ仕様を仕り、, み、こび候故、勝頼公酉の年の御年筮を、まへ申歳極月末に卦は考申候、其詞に云、ば, かにも御判の不出來なるをえらひ、御返事をかき、江雪にわたし候へは、さすがにかし, 也、其東堂衆をもつて七佛事と云事有、その次第は、〓寵ハ藍田和尚、掛眞東谷和尚、, 其後夜に入逍遙軒を信玄公と申御對面なされ、八百枚にすへをき給ふ御判の中にて、い, こき江雪もまことに仕り、小田原へ歸、信玄公は御在世なりと氏政へ申上候故、御他界, の取沙汰なき也、以上、, 起寵説三和尚、念誦ハ圭首座、葬衆ハ暾首座、奠茶ハ速傳和尚、奠湯ハ高山和尚、導師, 一、小田原北條氏政より、信玄公御他界かと有儀、能見屆申べきために、いたひえ岡江雪, 四月十二日に、信玄公御弔これあり、宗旨は禪宗關山派、本寺は都妙心寺, 、天正三年, 十一, 十五, ○武田勝頼、奥平貞能ノ徳川家康ニ屬スルヲ怒リ、貞, 能ノ質子ヲ殺スコト、本年九月二十一日ノ條ニ見ユ, 亥, (板部岡融戌), 乙, 融成ヲ遣シ, 氏政板部岡, 信玄ノ死ヲ, 探ル, 奧平貞能變, 心ス, 葬儀, 天正元年四月十二日, 三三二
割注
- ○武田勝頼、奥平貞能ノ徳川家康ニ屬スルヲ怒リ、貞
- 能ノ質子ヲ殺スコト、本年九月二十一日ノ條ニ見ユ
- 亥
- (板部岡融戌)
- 乙
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- 融成ヲ遣シ
- 氏政板部岡
- 信玄ノ死ヲ
- 探ル
- 奧平貞能變
- 心ス
- 葬儀
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- 天正元年四月十二日
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- 三三二
注記 (31)
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