『大日本史料』 6編 20 文和4年9月~延文元年11月 p.851

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流の系圖をこゝに記す、, 入木抄あり、其流種々に變す、後伏見天皇の第十一の皇子尊道法親王襲て, 流れす、上代の風あり、俗に御家流の祖と稱し、古筆家尊圓流と稱す、著に所, 之を學ふ、是を尊道流御家流とす、, 親王、上代の痩瘠を改めて、新に豐肌流麗の風を創に、然れとも筆力柔脆に, 宮、, 率塔婆形石御塔延文元年九月廿三日薨、伏見院天皇々子、稱大乘院, 其後伏見天皇の第六皇子青蓮院尊圓法, 大乘院宮一品尊圓親王, 陵墓, 〔京都府寺志稿, 一尊圓法親王, 學士上, 祐助親王, 〔文藝類纂〕, 皇子御墓, 播磨内侍と號す、俊平朝臣の女也、永仁六年八月, 伏見院第五皇子也、御幼名尊彦と申奉る、御母は, 略, 朔日あれまし、延文元年九月廿三日神さりまし, ○上, 善峯寺陵墓, ぬ、, 書學, 略, }五, ○下, 御家流ノ, 尊道流ハ, 御家流ヨ, り出ヅ, 祖, 御墓, 南朝正平十一年北朝延文元年九月二十三日, 八五一

割注

  • 皇子御墓
  • 播磨内侍と號す、俊平朝臣の女也、永仁六年八月
  • 伏見院第五皇子也、御幼名尊彦と申奉る、御母は
  • 朔日あれまし、延文元年九月廿三日神さりまし
  • ○上
  • 善峯寺陵墓
  • ぬ、
  • 書學
  • }五
  • ○下

頭注

  • 御家流ノ
  • 尊道流ハ
  • 御家流ヨ
  • り出ヅ
  • 御墓

  • 南朝正平十一年北朝延文元年九月二十三日

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  • 八五一

注記 (35)

  • 1924,635,57,725流の系圖をこゝに記す、
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