『大日本史料』 6編 26 貞治3年7月~貞治4年7月 p.592

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合田壹所者, 貞治三年, しく、, ほへさせ給て候、又御ちやうもんニも、かならす〳〵おほしめしとち候へ, ひ入て候、いつまてもひさしく候はんすれは、いかう御興隆と、返〳〵悦お, く候、尼衆とちめん〳〵こよろこひ申候、よろつ身つから御つくし、あなか, 〔寶生院文書〕, 右田地者、尼行意相傳私領也、然候間、爲後生〓、一期之後者、所奉寄進此講田, 二月十八日式部丞知久(花押), 地者、先度先師被寄進申上者、於公事物者、爲惣領知久之計、永奉寄進者也、雖, 長岡庄河東西方郷々公文名内眞福寺御管領貳段畠之公事物佰文事、於下, 御返事, 少善以志之至、可奉被訪後生〓状如件、, 也、仍爲後證寄進之状如件、, 中宮寺より, 奉寄進四季廿五三昧新足事, 御返事中宮寺より, 〔禪定寺文書〕〓山城, 仕所小田原坂尻、所當, 米毎年參斗可在之、, 第二回採訪, ○尾張, 辰, 甲, 眞福寺管, 於ケル公, 禪定寺ニ, 知久尾張, 長岡莊内, 領ノ地ニ, 事物ヲ同, 三昧料足, 四委廿五, 行意山城, トシテ田, 寺ニ寄ス, 地一所ヲ, 寄ス, 南朝正平十九年北朝貞治三年雜載, 五九二

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  • 仕所小田原坂尻、所當
  • 米毎年參斗可在之、
  • 第二回採訪
  • ○尾張

頭注

  • 眞福寺管
  • 於ケル公
  • 禪定寺ニ
  • 知久尾張
  • 長岡莊内
  • 領ノ地ニ
  • 事物ヲ同
  • 三昧料足
  • 四委廿五
  • 行意山城
  • トシテ田
  • 寺ニ寄ス
  • 地一所ヲ
  • 寄ス

  • 南朝正平十九年北朝貞治三年雜載

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  • 五九二

注記 (40)

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