『大日本史料』 6編 5 暦応元年8月~暦応2年12月 p.917

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つの國柳津庄わつさた名乃うち壹町四段, 合田地坪付者、, あるましく候よし、〓め宮の御方より、おほ之事にて候, きしんす眞如たうのかなとうろのれう所の事、, ん、後生さんしよの御壹めに、こ一ゐ殿之御つほ手御きしんある所也、せん, れいにまかせて、さたをいたすへし、ゆくすゑまてもちらにをのさまたけ, 右田地等者、爲清水寺寄進田之間、任先寄補之旨、如元令進訖、永代知行不可, 右のとうろは、本そん阿彌陀如來の御まへのしやうとうのため、現世安を, 有相違矣、仍寄進之状如件、, 〔清水寺文書〕, 暦應二年四月廿四日, 慈親の御房へ, 奉寄補木津村内椙原田地等事、, (花押), 〔眞正極樂寺文書〕〓, 事、, 有別紙之, 間略之畢、, 廿八のつほ七反、, しんつくのつネ七反、, ○播磨, ○二, 燈籠料所, 眞如堂金, 播〓清水, 寺寄進田, 南朝延元四年北朝暦應二年雜載, 九一七

割注

  • 有別紙之
  • 間略之畢、
  • 廿八のつほ七反、
  • しんつくのつネ七反、
  • ○播磨
  • ○二

頭注

  • 燈籠料所
  • 眞如堂金
  • 播〓清水
  • 寺寄進田

  • 南朝延元四年北朝暦應二年雜載

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  • 九一七

注記 (28)

  • 1541,734,57,1270つの國柳津庄わつさた名乃うち壹町四段
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