『大日本史料』 6編 26 貞治3年7月~貞治4年7月 p.611

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を、すきさきとのは、たにんたりといへとも、たいやうし申うと給はる心さ, しあるあいた、ゆりりあたへたてまつるものなり、たゝししんりやうたる, 家領家之御祈祷、可寺爲修理勤行、專所々寺領田畠并山海不殘段分、限永代、, のために、ゑいたいゆつりしや□くたんの〓し, 書、并と南佛御房手次相傳之状、代々讓共千手丸讓與所也、然間天長地久、本, のちとして、ちきやうせられ候へく候、もしりせんかしそんとして、いらん, 候、くとふけの御くうしは、ほんみやうより御とめ候うへは、いかう一ゑん, あいた、むまは一たんかしらよりほかのしやけの御くうしあるへからす, わつらひお申もの候はゝ、へつのとかに申おこなわれ候へく候、よてのち, □領知者也、此上者、雖有何弟子同宿親類兄弟、更不可有望者也、仍爲後日龜, 右院主職、隆慶師々爲相傳之間、本家之御下文、領家御教書、代々案堵之御教, 右のてんちやしきは、りせんちうたいさうてんのしよりやうなり、しかる, 正平十九ねん, 蹉雖山金剛福寺院主職千手丸讓與事, 九月十八日, 〔金剛福寺文書〕, た〓, きのへ, ○土, 佐, 佐○, 千壽丸ニ, 隆慶土佐, 金剛福寺, 院主職ヲ, 讓ル, 南朝正平十九年北朝貞治三年雜載, 六一一

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  • ○土
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  • 千壽丸ニ
  • 隆慶土佐
  • 金剛福寺
  • 院主職ヲ
  • 讓ル

  • 南朝正平十九年北朝貞治三年雜載

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  • 六一一

注記 (28)

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