『大日本史料』 6編 27 貞治4年8月~貞治6年4月 p.379

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ちし侍也、まへ二三日のほとは、衆徒、神人一二万人も、布引に上あつまる、道, めとそ、心ある人は申侍し、公卿著座して裝束もうるほふはかりなりしか, 天つそらにたゝよふ雲霧もはれ、胸の中にしけりたる葎ものこりなき心, さゝかの觸穢なといふ事もなくて、奈良の訴訟も、今は殘なく眉を開たる, て六條殿へとはしる、衆徒ともは、六條院を集會所にしてあつまり、夜より, もさりあへぬほと也、其日に成ぬれは、都の中ゆすりみちて、物みるものあ, 雲はれすして雨のやみたりしも、ま〓に神慮といとたうとくそ覺え侍し、, やしのしはふるひ人、おさめ、みかは、たひし、かはらなとまて、あしをそらに, 行の期に臨ては、〓にめてたくこそ晴たりしか、今日もさこそあらむすら, 辰の時に南曹辨嗣房、〓へは參て、事とも奉行す、神人、衆徒やう〳〵參集て, 六條殿の庭より六七町は、ひしとなみゐたり、巳の時に權の別當懷雅權僧, 正を初として、僧綱三四十人參りて、東の庭の北の方にさふらふ、衆徒は東, にて、八月十二日の歸座とて、世にも目出度事とのゝしり侍にこそ、いまは, むなしからぬ御誓なりけり、されとも一夜の中都のさはきもしつまり、い, 雨ふりて、いかゝとおほえしに、弘安、正和にもかくこそありしかと、誠の神, 南朝正平二十一年北朝貞治五年八月十二日, 衆徒六條, 殿ニ集ル, 動靜ル, 京中ノ騷, 三七九

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  • 衆徒六條
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  • 三七九

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