『大日本史料』 6編 34 応安4年閏3月~応安4年12月 p.290

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咲たり、, て、海のへたにうち出侍ぬ、こゝを羽ふとかや申なり、南はうら浪たかく立て、雲ふか, やまのたゝすまひは、あつまちのさやの中山おほえて、其よりは今すこしかけふかく、, れは、昨日わけこし山の梢ともに、雪のふりかゝりて、里近きふもとの梢は、なをのこ, 雨にきる我身の代にかへなゝんころもをるてふあさのさと人, りの紅葉ともの色こくて立ましりたり、まことにめつらかなり、それよりは山に分入, あらはにみゆる岩淵に、たゝよふ木のはの色も、けにそ秋はかきりとみえぬる、大方の, き絶間に山ちかくみえたり、豐前國なるへし、北のやまは松しけりで、其前に社あり、, し、いさこたにもなくて、さなから岩をのへしけるうへに、山川のなかれきつゝ、底も, 物こゝろほそき山路なり、日中はかりこの山をこえて、あさの郡といふさとにつきぬ、, 濃國善光寺の如來をたしかにうつし奉りけると申、, あけぬれと猶雨風やます、よもすからあられうちましりてふりあかしつるを、今朝み侍, むかし板かきの城と申ける山きはに寺の侍に、今夜はとゝまりたり、此寺の本尊は、信, 八日は雨ふりなから、いまた明たゝぬほとにいてゝ、みねへのほり行なといふはかりな, 板垣城側某, 寺ノ本尊ハ, 狹郡ニ宿ス, 信濃善光寺, 八日長門厚, 如來ノ模作, 南朝建徳二年北朝應安四年十月七日, 二九〇

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  • 板垣城側某
  • 寺ノ本尊ハ
  • 狹郡ニ宿ス
  • 信濃善光寺
  • 八日長門厚
  • 如來ノ模作

  • 南朝建徳二年北朝應安四年十月七日

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  • 二九〇

注記 (22)

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