『大日本史料』 6編 38 応安6年7月~応安6年12月 p.128

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

〔妙心寺文書〕, このいたわりもてのほかにつまり候て、いまはたのみなく候ほとに、ときをまつしきに, 老父者折節令在國、至于子息等者幼稚之間、未期追善以下、迷惑之餘、以件一名妙心寺開, て候、あとの事ふつしよろつ正たひなく候ほとに、いかう御てらをたのみ申よりほか, 寄進, 仁不可知行經秀跡、永代爲寺領、更不可有相違者也、仍爲後日寄進之状如件、, やうを、御てらのかいさんの御たつちうみせうあんへきしん申候、しやうしやうもわか, 至于未來際、可被弔菩提者也、此上者於子々孫々不可致違亂煩、若令違犯者、爲不孝之, 山和尚塔頭微笑菴仁重所奉寄進也、任申置旨、被取行歿後佛事等、被立置位牌於當菴、, 右於當庄上方者、經秀代々相傳當知行無相違地也、然病氣依難儀、既相待臨終時分、於, に、はうへんも候はす候、さてたちまのくにしちみのしやうかみかたのうちはきやまく, 長講堂領但馬國七美庄上方内萩山名事, 應安六年五月十六日, 應安六年五月十六日經秀(花押), 〔妙心寺文書〕〓山城, ○山城, 八, 名ヲ微笑菴, 上方内萩山, 經秀七美莊, ニ寄進ス, 南朝文中二年北朝應安六年九月三日, 一二八

割注

  • ○山城

頭注

  • 名ヲ微笑菴
  • 上方内萩山
  • 經秀七美莊
  • ニ寄進ス

  • 南朝文中二年北朝應安六年九月三日

ノンブル

  • 一二八

注記 (23)

  • 704,653,72,424〔妙心寺文書〕
  • 599,665,60,2234このいたわりもてのほかにつまり候て、いまはたのみなく候ほとに、ときをまつしきに
  • 1280,661,67,2235老父者折節令在國、至于子息等者幼稚之間、未期追善以下、迷惑之餘、以件一名妙心寺開
  • 482,663,59,2232て候、あとの事ふつしよろつ正たひなく候ほとに、いかう御てらをたのみ申よりほか
  • 1628,721,55,105寄進
  • 943,663,64,1981仁不可知行經秀跡、永代爲寺領、更不可有相違者也、仍爲後日寄進之状如件、
  • 249,666,62,2231やうを、御てらのかいさんの御たつちうみせうあんへきしん申候、しやうしやうもわか
  • 1058,664,66,2232至于未來際、可被弔菩提者也、此上者於子々孫々不可致違亂煩、若令違犯者、爲不孝之
  • 1167,667,66,2199山和尚塔頭微笑菴仁重所奉寄進也、任申置旨、被取行歿後佛事等、被立置位牌於當菴、
  • 1396,663,68,2235右於當庄上方者、經秀代々相傳當知行無相違地也、然病氣依難儀、既相待臨終時分、於
  • 365,674,61,2225に、はうへんも候はす候、さてたちまのくにしちみのしやうかみかたのうちはきやまく
  • 1514,776,58,974長講堂領但馬國七美庄上方内萩山名事
  • 830,893,55,509應安六年五月十六日
  • 830,892,60,1457應安六年五月十六日經秀(花押)
  • 1732,648,83,607〔妙心寺文書〕〓山城
  • 698,1133,42,125○山城
  • 745,1133,39,36
  • 1595,326,41,209名ヲ微笑菴
  • 1640,327,42,207上方内萩山
  • 1685,327,42,209經秀七美莊
  • 1552,336,40,150ニ寄進ス
  • 1872,737,51,731南朝文中二年北朝應安六年九月三日
  • 1885,2445,46,108一二八

類似アイテム