『大日本史料』 7編 1 明徳3年閏10月~応永2年3月 p.692

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し所を、藏光庵となつけて、光かくれさせ給し後より、御門徒の尊宿、いにし, 峩冠盛服して、繪にかける唐人のことくなる貴人立給へり、誰ならんとお, 一の壇あり、壇の上に寶塔あり、塔に法華の妙典を安置す、そのかたはらに, さなりぬ、ちか比又宇多花山のふかき御跡にもこえて、少林のおく、曹溪の, 源まて、深くたつねきはめさせ給ふ、ふた代の御事のかたしけなさは、申も, もふところに、虚空に聲ありて、是なむ北野の天滿大自在天神にたはしま, へからす、たとひ慥なる記文なくとも、しゐてうたかひをなすへからさる, ことにや、こゝに呉竹のふしみの里とかや、代々の御門、おほむくら〓をさ, らせ給て、紫の雲の上を、みとりの蘿の洞に住かへさせまします事、たひか, へのみことのりをたかへす、まもりおこなひ給めり、今の幽林主翁すなは, ち其人になむたはす、明徳の比、同伴の僧月溪の夢に、おほきなる嶋の中に, すといふとみえけり、天慶の昔、道賢といふ僧、行力勇猛の功により、冥助を, さらなり、かの仙洞にひきはなれて、一宇をたてられて、うつり住まし〳〵, いつくか圓通の境界にあらさらむ、不生不滅のうちに、又古往今來の別有, かりて、芳野の藏王權現、ならひに北野の天滿天神にまみえたてまつりけ, 藏光庵, 幽林曹寛, 應永元年是秋, 六九二

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