『大日本史料』 7編 4 応永6年7月~同8年4月 p.40

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給ひなから、聖徳太子の御時にあひ給ひて、正法をひろめ給ふこと、佛の御, ることゝも、おろ〳〵申侍らん、さこそ老のひかおほえも有らめ、少しはき, ゝもゆるし給へかしとて、なか〳〵とそかたり居たる、抑佛法はしめて我, ともあれは、なにかはくるしかるへき、いさやかゝるつゐてに、耳なれしふ, 花の瑞を現し、四十餘箇所の伽藍をも立られけり、救世の誓願世にこえ給, へれは、魔王も力をうしなひ、逆臣も威におそれき、凡和光垂跡の神明も、如, 朝に傳りしことは、欽明天皇の御宇にてありしかとも、機縁いまた純熟せ, 世にもことならす、御身つから法服を著して、經を講し給ひしかは、放光雨, したてまつれは、いよ〳〵威光をますならひなり、をろかなる身にて、かや, を今に引かけてこそことはりはたしかにきこえ侍れ、佛菩薩も供養讃嘆, うのことを申ば、かたはらいたく侍れとも、樵夫も王道を談するといふこ, 成道のことはりをのへ、春日大明神は慈悲萬行の名をしめしたまひける, さる故にや、た、三寶の名を聞し計なり、其後推古天皇女帝にてわたらせ, 來薩〓の本地よりいて給はすといふことなし、されは八幡大菩薩は八正, にや、これらはみな權化の方便なれは、申もかへりてをろかなり、代々の御, 應永六年九月十五日, 四〇

  • 應永六年九月十五日

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  • 四〇

注記 (17)

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