『大日本史料』 7編 7 応永12年正月~同13年5月 p.417

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十一, るへし、然は欣求淨土のこゝろさし、いつくよりかおこるへき、此教事に思, 此境界に心をとゝめ、耳に聞ゆる聲に執著をなさは、厭離穢土の心かたか, 敷、道もさりあへす、然に聖の云、何事も今世の身上は、目を悦しむる境界也, 高僧密法の數をつくし、伶人祕曲の袖をかなてしかとも、猶出給はさりし, ありかたく、二夜三日逗留し、六時の行法を修せられけるに、參詣の諸人夥, 直阿彌陀佛を殘し置、又修行にそ出給ふ、, の振舞は、發心をせすして、厭離穢土のこゝろさしなきいはれ也、我か會下, ひをとゝめすは、おのつから厭欣の心有へからす、愚癡無同心の法師とも, 永和元年春、我宗門鎭護の御神なれは、熊野參詣と心さして出たまひけり、, 七日六時の行法を修せられしに、御舍利悉出現し給へる事思ひつらねて, 四天王寺は、卅四代推古天皇元年に、上宮太子御建立、佛法最初の靈地也、九, を、一遍上人弘安九年に參詣ありし時、執行御祈念有へきよし望しかは、一, 十代後宇多帝の御宇、金堂の御舍利壺の中にしつみて出給はぬ事ありて、, 驗しるすにいとまあらす、此所は西國萬船の寄くる湊なれは、學力高才の, ニ參詣ス, 四天王寺, 熊野社ニ, 參詣ス, 應永十二年九月十一日, 四一七

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  • ニ參詣ス
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