『大日本史料』 7編 11 応永15年11月~同16年6月 p.474

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仰られ候ひし、これ虚言に候はゝ、六方の諸佛も證誠あるへからす候、, 〔參考〕, 愚癡の者の、まこころに信せんこそ、三心具足の行者にて、本願にも相應すへけれと、, 惡人のまゝ、女人は女人のまゝにて、助給へ南無阿彌陀佛と申て、うたかふこゝろなき, 念佛するこゝろとなるへし、又本より智惠なからんものは、愚癡は愚癡のまゝ、惡人は, らひし智惠をは、こゝろにわすれはてゝ、無智のものゝ、ふたこゝろなく打たのみて、, まよひ、これもをろかなり、たとひ智惠をそなへたりとも、往生におもむかん人は、な, 淨土宗。鴻巣宿勝願寺末、快樂山安養院ト號ス、當寺ハ永徳二年ノ草創ニテ、開山ハ, 先師良譽にうけたまはり候ひしは、我宗におひても、世間をみるに、解をまなふものは、, 人そ、往生決定し侍るへきなり、これは智惠ある人の、なきおもひをするよりは、中々, 本寺第四世圓蓮社聖滿良順ト云、應永十六年五月二十六日示寂ス、本尊三尊ノ彌陀ヲ安, 解について勝他のこゝろをおこし、行をはけむものは、行について慢心を生す、かれも, 〔新編武藏風土記稿〕, 應永十年五月二十六日, 應永十年五月二十六日良順判, ス、惠心ノ作ト云、, 相頓寺, 〔新撰徃生傳〕渉門往生類一良順上人一枚起請文, 〔新撰徃生傳〕, 應永十六年五月二十六日, ○下, 百五十三足立郡十九, 吉野領原市村寺院, 相頓寺, 一枚起請, 文, 應永十六年五月二十六日, 四七四

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  • 百五十三足立郡十九
  • 吉野領原市村寺院

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  • 相頓寺
  • 一枚起請

  • 應永十六年五月二十六日

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  • 四七四

注記 (28)

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