『大日本史料』 7編 13 応永16年雑載~同17年12月 p.489

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小椋山庄色紙和歌, ノ文ヲ樋ノ内ニ摺也、, しかるへし、十分のうち實六七分花三四分たるへきにや、古今集は花實相對の集也とそ、, リ、アヤマリタル説ナリト云リ、其樣金銀ノ樋、或ハ瑠璃水精ノ樋ニ、唐草ナトノ色々, 々々の建立を見て、時代の風を覺へき事也、新古今集をは於隱岐國上皇あらためなをさ, すへき事なるを、此集ひとえに花をもとゝして、實をわすれたる集たるにより、本意と, ひかきをかるゝ事は、新古今集の撰、定家卿の心にかなはす、そのゆへは、歌道はいに, しへより世をおさめ、民をみちひく教誡のはしたり、然は實を根本にして、花を枝葉に, 後撰は實過分にすとかや、拾遺は花實相かねたるよしをそ師説申されし、能々その一集, 人の歌をえらひて、我山庄にかきをき給ふ物也、此撰の大意は、實を宗として花をすこ, しかねたるなり、その後、後堀川院御時、勅を承て新勅撰る、彼集の心此百首と相おな, おほさぬなるへし、されは黄門の心あらはれかたき事を口惜おもひ給ふゆへに、古今百, 應永十五年四月廿五日、福照院關白ノ記ニ、樋螺鈿ノ劒トハ、樋ノ中ニ螺鈿ヲスリ、鞘, ハ蒔繪也、是通用ノ物トシルセリ、或記ニ、樋ノアル螺鈿ノ劒ヲ樋螺鈿ト存スル輩ア, 右百首は、京〓黄門小倉山庄色紙和歌也、それを世に百人一首と號する也、これをえら, 〔百人一首抄〕, 下略, 陵部所藏, ○宮内廳書, ○上, ノ説, 百人一首, 抄ヲ著ス, 樋螺鈿劒, 應永十七年十二月二十七日, 四八九

割注

  • 下略
  • 陵部所藏
  • ○宮内廳書
  • ○上

頭注

  • ノ説
  • 百人一首
  • 抄ヲ著ス
  • 樋螺鈿劒

  • 應永十七年十二月二十七日

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  • 四八九

注記 (26)

  • 1371,1356,58,447小椋山庄色紙和歌
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