『大日本史料』 7編 23 応永22年9月~同年雑載 p.130

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白まいらる、則内大臣殿あいともに、御帳のうしろの兩方の圓座に付給ふ、此外、壇下, の女房なとつねのことし、内大臣殿とくより御まいり有て、御裾に候し給ふ、其後、關, 階十丈をさりて、東西にこれをたつ、高御座の左右のつき壇に悠紀・主基の御帳を立て、, 無比類候、可相替餘人候上者、可然之様可令披露給之由、其沙汰候也、恐々謹言、, 廿二日、けふは辰日、悠紀の節會なり、まつ標の山を南門のうちへ引入れて、正廳の南, 大嘗會悠紀方唐錦事、重被仰下之趣、謹承候了、尤雖可沙汰進候、來月大會出仕計會, 行す、御帳のうしろの左右に御屏風をたてゝ、其中に圓座をしきて、關白ならひに内大, 臣殿の御座とす、夜に入て、後房より出御ありて、悠紀の御帳に著御、劍璽内侍・供奉, 〔大嘗會假名記〕, の北のひさしにも關白の座はまうけられとも、大略は此座に候らる、これ又先例也、こ, 節會の御しやうそくをそなふ、悠紀の行事右中辨藤光、裝束司史官務爲緒なとこれを奉, 十一月十五日, れよりさきに、外辨の公卿南門を入て列立、次に祭主通直朝臣、版に付て壽詞を奏す、, 御請案, 十一月十五日權律師興雅奉, 權律師興雅奉, 應永二十二年十一月二十二日, ○内閣, 文庫本, 出御, ニ著御, 重ネテ調進, 標山ヲ太政, 官廳ノ前ニ, 立ツ, シ難キ旨答, 祭主壽詞ヲ, 奏ス, 悠紀ノ, 御帳, フ, 一三〇

割注

  • ○内閣
  • 文庫本

頭注

  • 出御
  • ニ著御
  • 重ネテ調進
  • 標山ヲ太政
  • 官廳ノ前ニ
  • 立ツ
  • シ難キ旨答
  • 祭主壽詞ヲ
  • 奏ス
  • 悠紀ノ
  • 御帳

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  • 一三〇

注記 (32)

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