『大日本史料』 8編 22 長享2年5月~同年7月 p.479

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三州額田郡妙心寺舊記曰、親則、父信光公、永享九年八月、生於岩津、享徳元年壬申, 八月、任官、十六歳時也、爲當城主矣、長祿二年戊寅二月、依父命、居于長澤城、時, 母泰親女、, 靈也、石〓靈牌今猶存于妙心寺、, 廿二、寛正二辛巳十一月朔日逝矣、廿六歳、號妙心院殿、爲建寺以良頓上人爲開山、, 徳川信光樣御長男こ而御座候、三州岩津之城地被下候後、同國長澤之城こ, 松平數馬先祖由緒書曰、私先祖松平備中守親則儀は、, 此月岩津村に妙心院を御建立ありて、, 移リ申候、是則長澤松平之元祖こ而御座候、, 教然良頓を開山と定め玉ひ、先に松平備中守親則か立願にて、, 中定紫衣地, 由良朝臣一色宗義女、, 傍註古譜曰、親則母, 寺號に改しは遙に後の事なり、, 一被仰付候、, に妙心寺と號せしといふは誤なり、文龜元年五月、親忠君の〓遺, 建立、妙心寺と申候、寺領百、壹石餘、元祿年, 言の中にも、猶妙心院とあれは、, 時より彼地に移住すと記す、然、れとも親則僅に二十六, 自註、法名妙心院、三州岩津城中ニ一寺御, 妙〓院は今の妙心寺是なり、同寺御由緒略記には、御開基の時既, ならさるよし、既に寛永譜にも見えたれは、今より其實を考ふくがず〓〓略, 類方〓巫朝議大〓仲祥〓門とあれは、任官せし事疑ひなし、但し長澤の先祖は詳, 按するに普通の書に、親則は長澤松平の祖にして、此, 〓〓七瓢之ち見、次郎の之第主し〓平〓次郡親則をいつから別人のことくなり、然れけも其時代考ア, スしにや、又按するに、大樹寺の所藏に、、長藤四年松平彌〓次郎親則〓文劃あなり暫び〓〓拶字〓戦〓を, 考るに同人と見少、長祿四年は各表〓竹チく少い〓あ〓ときく心〓學の文う『〓法名を, 岩津村ニ妙, 心院ヲ建ツ, 長享二年七月二十二日, 四七九

割注

  • 中定紫衣地
  • 由良朝臣一色宗義女、
  • 傍註古譜曰、親則母
  • 寺號に改しは遙に後の事なり、
  • 一被仰付候、
  • に妙心寺と號せしといふは誤なり、文龜元年五月、親忠君の〓遺
  • 建立、妙心寺と申候、寺領百、壹石餘、元祿年
  • 言の中にも、猶妙心院とあれは、
  • 時より彼地に移住すと記す、然、れとも親則僅に二十六
  • 自註、法名妙心院、三州岩津城中ニ一寺御
  • 妙〓院は今の妙心寺是なり、同寺御由緒略記には、御開基の時既
  • ならさるよし、既に寛永譜にも見えたれは、今より其實を考ふくがず〓〓略
  • 類方〓巫朝議大〓仲祥〓門とあれは、任官せし事疑ひなし、但し長澤の先祖は詳
  • 按するに普通の書に、親則は長澤松平の祖にして、此
  • 〓〓七瓢之ち見、次郎の之第主し〓平〓次郡親則をいつから別人のことくなり、然れけも其時代考ア
  • スしにや、又按するに、大樹寺の所藏に、、長藤四年松平彌〓次郎親則〓文劃あなり暫び〓〓拶字〓戦〓を
  • 考るに同人と見少、長祿四年は各表〓竹チく少い〓あ〓ときく心〓學の文う『〓法名を

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  • 岩津村ニ妙
  • 心院ヲ建ツ

  • 長享二年七月二十二日

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  • 四七九

注記 (31)

  • 1730,691,92,2184三州額田郡妙心寺舊記曰、親則、父信光公、永享九年八月、生於岩津、享徳元年壬申
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  • 1144,907,88,1952徳川信光樣御長男こ而御座候、三州岩津之城地被下候後、同國長澤之城こ
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