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立して、勝立寺と名つく, 門内に有、此寺の開山を唯心院日忠と云、京都妙覺寺の住にて、法を廣めん, 勝立寺、正興山と號す、福岡の東の外郭、博多口, へり、則今の勝立寺是なり、, 州粕屋郡立花村に移る、其後、又秋月に移れり、是は立花三河守預り地なれ, 松林山圓理院と號す、寺町にあり、始めは筑後柳川に在し寺なりと云、後、本, は也、寺址猶彼所の田の字に殘れりと云、慶長八年四月廿五日、此寺の住僧, 日忠、切支丹宗の僧と法論して勝ける故、福岡に新に寺地を賜り、一寺を創, 爲、此國に下りける、慶長八年四月廿五日、博多妙典寺に於て、日忠と耶蘇の, 也、此時日忠宗論に勝たるにより、長政公より、新に寺地を福岡橋口町に賜, と宗悦も其席に就り、其比彼等を法華七人衆と云けると, 僧いるまん、宗旨の優劣を論し、問答に及、日忠爭ひ勝ける故、長政公威し給, 院日忠といふ法華宗の僧と、妙典寺に於て宗論ありし時、鳥居數馬, 〔筑前國續風土記〕, 〔石城志〕五妙典寺、日蓮宗京都本法寺末, 〔石城志〕, 靄田傳、慶長八癸卯四月廿五日、耶蘇宗のイルマンと、唯心, 石城志〕十靄田傳、慶長八癸卯四月廿五日、耶蘇宗のイルマンと、唯心, 孫助か四男也, 見エタリ)か末子、, 博多, 宗悦(〇, 參考二, 福岡, 記, 二, 唯心院日, 忠, 宗論, 慶長八年四月二十五日, 二四六
割注
- 孫助か四男也
- 見エタリ)か末子、
- 博多
- 宗悦(〇
- 參考二
- 福岡
- 記
- 二
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- 唯心院日
- 忠
- 宗論
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- 慶長八年四月二十五日
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- 二四六
注記 (31)
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