『大日本史料』 12編 17 慶長十九年十二月~元和元年三月 p.786

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去有、御年五十、, 京極丹後守高廣の御内室等みな生み給ふ所なり、國清公茶を點して、台徳, 備前正覺寺に假の御墓を建らる、その, 廟を〓し給ふ時も、御夫人に黄金呉服等を賜りし事有、慶長十八年國清公, 忠雄殿、石見守輝澄殿、右京大夫政綱殿、右近大夫輝興殿、伊達忠宗乃御内室、, 二月五日, 逝去し給へは、駿府に下り給ひて、其年の六月廿二日、姫路に歸らをらる、寡, 扨御子あまたおはします、左衞門督忠繼殿、宮内少輔, ゝち光仲殿、因幡の國にう浮り給ふ時、此正覺寺の住僧もめしくをられ、因, 伏見に逝, 婦とならをたまひしより、良正院殿知光慶安大禪定尼と申奉る、元和元年, 州ニて、寺地賜ひぬ、然るに卑濕乃所にて辭退申にれは、無住寺の眞教寺と, 建立あり、, 忠繼, 洛東知恩院に葬り、此寺の塔頭良正院と云寺を御, 殿, 夫人ノ子, 元和元年二月五日, 傳ふる物を見ねは、詳, 〓るをを記しし、, ○〓外ニ正直按、忠繼殿二ハアル, 實は四日の曉成しろ共、五日發喪と京都板倉勝重より, 駿府に注進有しよし、駿府政事録に出つ、故に五日とす, 十一と云, 力ラス、忠雄殿ナルヘシトアリ、, 一説に、備前岡山に逝去とも、又播州姫路ともいふ、鵜殿家、代〳〵日, 一説に五, 代殿〓〓見と共に、駿府に參り給ひ、みつあらは淨土宗門に改り、その代に、, 蓮宗を崇敬ありて、參州西郡長存寺は、鵜殿の旦那寺なり、良正院, されは此度はしめての御遺言にて、知恩院に葬奉〓、當に手なれ給ふ, 御調度、又は神君御書の類、知恩院所藏となりて、今に彼寺に有といふ, 松千代殿を日蓮宗にいたし度こそ候へと仰にれは、神君頓て御ゆるし有、, 殿も、御母公の御宗門なれは、此宗門にておはせしの、慶長十三年、御子松千, 殿の御母儀、蓮葉院殿は、長存寺の本寺京都光了山本禪寺に葬れり、良正院, 院ニ葬ラ, 日蓮宗, シテ知恩, 建ツ, 夫人遺言, 鵜殿氏ト, 良正院ヲ, 夫人ノ墳, 墓, シム, 夫人ノ子, 元和元年二月五日, 七八六

割注

  • 傳ふる物を見ねは、詳
  • 〓るをを記しし、
  • ○〓外ニ正直按、忠繼殿二ハアル
  • 實は四日の曉成しろ共、五日發喪と京都板倉勝重より
  • 駿府に注進有しよし、駿府政事録に出つ、故に五日とす
  • 十一と云
  • 力ラス、忠雄殿ナルヘシトアリ、
  • 一説に、備前岡山に逝去とも、又播州姫路ともいふ、鵜殿家、代〳〵日
  • 一説に五
  • 代殿〓〓見と共に、駿府に參り給ひ、みつあらは淨土宗門に改り、その代に、
  • 蓮宗を崇敬ありて、參州西郡長存寺は、鵜殿の旦那寺なり、良正院
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  • 御調度、又は神君御書の類、知恩院所藏となりて、今に彼寺に有といふ
  • 松千代殿を日蓮宗にいたし度こそ候へと仰にれは、神君頓て御ゆるし有、
  • 殿も、御母公の御宗門なれは、此宗門にておはせしの、慶長十三年、御子松千
  • 殿の御母儀、蓮葉院殿は、長存寺の本寺京都光了山本禪寺に葬れり、良正院

頭注

  • 院ニ葬ラ
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  • シテ知恩
  • 建ツ
  • 夫人遺言
  • 鵜殿氏ト
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  • 夫人ノ墳
  • シム
  • 夫人ノ子

  • 元和元年二月五日

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  • 七八六

注記 (47)

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