『大日本史料』 2編 18 治安2年正月~3年2月 p.178

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寺にうつさしめ給へるなり、しかあれとも、たゝいまはなをこの無量壽院まさり給へ, と、なをこの無量壽院すくれたまへり、難波の天王寺なと聖徳太子の御こゝろにいれ, り、南京のそこはくのおほかる寺とも猶あたり給なし、恒徳公の法住寺いとまうなれ, 竺の祇園精舍を唐の西明寺にうつしつくり、唐の西明寺の一院を此國のみかとは大安, ふるに、なをこの無量壽院いとめてたく、極樂淨土のこのよにあらはれけるとみえたり、, つくり給へれと、なをこの無量壽院まさり給へり、奈良は七大寺十五大寺なと見くら, はぬ、いとうきことなり、わか身おもふさまになりたらは、三昧堂たてんと、御心の, こと御寺〻〻はいふへきならす、大安寺は兜率天の一院を天竺の祇園精舍に移造、天, したてまつらせ給て、御覽するに、おほくの先祖の御骨おはするに、鐘のこゑきゝ給, 忠平の大臣の法性寺、九条殿の楞嚴院、あめのみかとのつくりたまへる東大寺もほと, けはかりこそはおほきにおはすめれと、猶この無量壽院にはならひたまはす、まして, 東三条のおとゝの大臣になり給て、御慶に木幡にまいりたまへりし御共に、入道殿く, かるかゆへに、この無量壽院も、おもふにおほしめし願すること侍りけん、淨妙寺は、, うちにおほしめしくわたてたりけるとこそうけ給はれ、, むかしもかゝ, ○寛弘二年十月, 十九日ノ條參看、, 顯現, 極樂淨土ノ, 治安二年七月十四日, 一七八

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  • ○寛弘二年十月
  • 十九日ノ條參看、

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  • 顯現
  • 極樂淨土ノ

  • 治安二年七月十四日

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  • 一七八

注記 (21)

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