『大日本史料』 7編 10 応永15年5月~同年10月 p.262

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かひに相談ありて執り行はる、義滿の滿の字を乞請て、滿基と名乘しは良基の子なり、, りける也、大佛の釋迦の薄をも勝定院殿のせさせられけると、或人御物語云々、, 鹿苑院大相國源よしみつ公は、大御所贈左大臣尊氏公の御孫、本朝不雙の將軍にておは, ること、近比口惜ことなりとて、御とふらゐの爲に、あらゆる廣大の善根共を御盡あ, 年か間天下をたもち給ふ、御在世には佛家に歸依し給ひ、禪院寺塔を建立あり、榮耀時, 〔梅村載筆〕地二條の良基と、足利義滿と中よかりしゆへ、公家武家の間の事、た, 鹿薗院殿の御子息勝定院殿此歌を御覧して、我をは人とも不思召して、如此御よみあ, しましける、寶篋院殿御他界の後、纔に十歳のほとにて御世をしろしめされて、四十餘, 是より以後、代々二條殿へ將軍家の名乘を一字つゝ參らせて付るゝなり、, 子ありともうかむほとにはよもとわん命の内に我をたすけん, をえ給ひ、後小松院御猶子の御ちきりいますによりて、御他界の後、天皇號まて贈らせ, 方樣を室町殿と申奉る也、, 〔大般若波羅蜜多經〕, 〔塵塚物語〕二大相國義滿御作文之事, 天文廿一年, 九月十三日, 〔塵塚物語〕, ○興福寺所藏, 三百四十七, 子, 壬, 偏〓ヲ良, 基ニ與フ, ト匪懇ナ, 偏諱ノ制, 一二條家ノ, 佳例トナ, 二條良基, 基ノ子滿, 和歌, 應永十五年五月六日, 二六二

割注

  • ○興福寺所藏
  • 三百四十七

頭注

  • 偏〓ヲ良
  • 基ニ與フ
  • ト匪懇ナ
  • 偏諱ノ制
  • 一二條家ノ
  • 佳例トナ
  • 二條良基
  • 基ノ子滿
  • 和歌

  • 應永十五年五月六日

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  • 二六二

注記 (32)

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