『大日本史料』 2編 3 長徳3年9月~長保2年9月 p.38

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鷹尾山多田院, は、そこを駒か瀧とそ、又そのしゝたる馬を納めし所をは、駒の塚と申て今, をあけゝれは、其後やかてくひまけ、死せしとかや、其處に少き瀧ありけれ, りしを、御家人ともこれを見て、尾長して天馬にやくひまけなんとて、其尾, なし、其尾長して、地をひく事一尺餘り、故に馬のしとの足に其尾のまとは, にあり、多田院の縁起に委あり、予昔彼院にて、此縁記を一覽せしか、久しく, 神駒の事なれは、彼馬にのり、一鞭をあけ給へは、けにも雲ゐをかけり、須臾, に滿仲卿とし八十三歳、七月廿七日かくれさせ給ひし、彼件の馬をは、多田, なりてたしかならす、, の間に多田、竹生島の萬里を往還し、日々の參詣をこたる事ましまさす、終, 子、名美丈御前、投慧心僧都薙髮、受戒號圓覺、移錫居之、道化盆盛、, 庄の聖山に放されしに、天馬より〳〵下て、此馬とくひ合に、此馬まくる事, 滿願寺第六十一代朱雀帝承平年中、攝津守源滿仲, 公、就多田地構城郭居焉、時公欽當山靈區、欲爲國家延福、歸仰此寺、滿仲有季, 延喜十二年壬申四月, 十日生、年二十四時始賜源姓、由是爲源家之祖矣、華山上皇寛和二年幸當山, 滿仲乃清和天皇之玄孫也, 〔伽藍開基記〕, 攝州, ○中, ○上, 下略, ○上, 略, 略, 二, ニ城郭ヲ, 滿仲多田, 構フ, 滿願寺ニ, 駒カ瀧, 駒ノ塚, 歸依ス, 長徳三年是歳, 三八

割注

  • 攝州
  • ○中
  • ○上
  • 下略

頭注

  • ニ城郭ヲ
  • 滿仲多田
  • 構フ
  • 滿願寺ニ
  • 駒カ瀧
  • 駒ノ塚
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  • 長徳三年是歳

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  • 三八

注記 (35)

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