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おなしき九月三日本所に御歸座あり、御心とけ給ひけり、, 十六日、, す御許容候ましとて、數通の起請文を書進せられしかは、さては世間の虚説なりとて、, をもつて隱謀の子細を尋ねつかはされしかは、滿隆大に驚き、努々その企をいたすにあ, 虚説ニヨリテ同九月三日御所へ歸座、, 應永十七年六月廿九日、評定はしめあり、幸王殿いまた童形故に御出座の義なし、こゝ, 新御堂滿隆謀反の雜説, らす、中〳〵心に思ひより候事にもあらす、只これ人の申沙汰仕る讒評のこと葉、必ら, 八月十五日、鎌倉幸王丸、上杉長基山内ヘ御出アリ、, 〔南方紀傳〕坤應永十七年, に祖父左馬頭氏滿の三男滿隆は、幸王殿には伯父にて、父滿兼の御舍弟なり、鎌倉の新, らはるゝよし、幸王殿聞給ひ、まつ潛かに管領入道長基か山内の宅に入給ひ、近藤五郎, は、何の不足かおはしますへきに、隱謀の沙汰に及ふ、内々軍勢を招き、諸大將をかた, 御堂殿と稱して、連枝一族の御事なれは、東國の貴賤おそれをなし、大名諸侍にも餘情, 〔鎌倉管領九代記〕, おもく、時々のをとつれ、折ふしの拜禮、更に絶る事なく、門前まても常に賑はひ給へ, 駒牽、, 滿陸隱謀説有故也、九月三日還座、, 〔南方紀傳〕坤應永十七年競八月十五日、鎌倉幸王丸、上杉長基山内ヘ御出アリ、, 四之, 庚, 寅, 庚, 戌, 上, 文ヲ出ス, 滿隆起請, 應永十七年八月十六日, 三三五
割注
- 四之
- 庚
- 寅
- 戌
- 上
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- 文ヲ出ス
- 滿隆起請
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- 應永十七年八月十六日
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- 三三五
注記 (29)
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