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向ふ敵をなきふせ切たをし、四角八方に追まくりしかは、畠山が二千よ騎、, に火をかけたりしかは、大將義弘入道、手の郎等百餘騎を前後左右に立て、, あしたち難儀にて、衞門の大夫秀則をさきとして、天下の御勢七百餘人う, 刀をぬかんとせし處を、滿家透間なくはせ寄て、内甲に太刀前を入たりけ, わつかの勢に切立られ、村々に引しりそく、基國か子尾張守滿家只一騎ふ, みとゝまり、義弘入道と戰ふ處に、義弘運命つきたりけん、長刀を打をり、太, 泉の國御退治のとき、先陣を給て、分國の勢をあつめてむかひけるに、駒の, 城より切て出つゝ、畠山上総介基國か陣にかけ入、大長刀を水車にまはし、, れは、義弘なかるゝ血にまなこくらみて、つゐに滿家に討れたり、大將すて, そのゝちまた和, 〔嘉吉物語〕, 是また此家の重書の最一なり、, たれ、それのみならず、惣して天下の御大事にくんかうをいたすことたひ, 同十二月廿一日に、泉州の寄手諸軍一同に詰かけ、四方より責かゝつて、城, 〔鎌倉管領九代記〕三滿兼家督、付大内義弘入道反逆, 〳〵におよへり、(, ○下略、赤松滿祐、義教ヲ〓スルコトニカ, カヽル、明徳二年十二月三十日ノ條ニ收ム、, ル、嘉吉元年六月二十四日ノ條ニ收ム、, ○上略、赤松義則、内野ノ亂ニ出陣スルコトニ, 〳〵におよへり、○不〓、跡〓滿祐、義〓テ職スルトカ, 先陣, 衞門大夫, 赤松義則, 秀則戰死, 應永六年十二月二十一日, 二三九
割注
- ○下略、赤松滿祐、義教ヲ〓スルコトニカ
- カヽル、明徳二年十二月三十日ノ條ニ收ム、
- ル、嘉吉元年六月二十四日ノ條ニ收ム、
- ○上略、赤松義則、内野ノ亂ニ出陣スルコトニ
- 〳〵におよへり、○不〓、跡〓滿祐、義〓テ職スルトカ
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- 先陣
- 衞門大夫
- 赤松義則
- 秀則戰死
柱
- 應永六年十二月二十一日
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- 二三九
注記 (27)
- 686,698,58,2213向ふ敵をなきふせ切たをし、四角八方に追まくりしかは、畠山が二千よ騎、
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