『大日本史料』 7編 9 応永14年7月~同15年4月 p.942

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池の汀に南面にかまへたる三重の閣あり, に申入させたまふ、此經營によりて、増々金殿紫閣をみかきつくりそへさ, 鹿苑院殿大相國義滿公、去御應永十五年春後小松院行幸をきた山の別業, けなくも天子鳳輦をうなかしめ給ふによつてなり、そのうへ義滿公、後小, る、絶景無二の壯觀なり、これによりて天子も龍顏殊うるはしく、廿餘日の, 方一丈をふさかれけるとなん、もつともふしきの大木にてもありぬると、, 止宿とそきこえけり、扨彼金かく三重の上の天井をは、一枚の板をもつて, 名石をならへ、海嶋の意味になそらへ、風情をつくして結搆あり、是かたし, 沈て、魚鼈枝にあそふ、又遠山をみれは、白雲花色をうはひ、薄霞山岳をゑと, 松院御猶子の御約束有之に依て、わきて奔走せさせたまふも御理なり、扨, せ給ひ、瀧水を引、池をほらしめ、池中に洲崎をかまへ、水中に伊勢嶋雜賀の, 此事人口にいみしく、今の世まても云傳人侍ル、去る中秋ある武家の會合, 閣より水上をのそむに、〓〓たる池崎うき草をうこかし、陰森たる緑樹影, 〔塵塚物語〕二鹿園院殿北山之別業三重金閣事、付富士埋木事, 參考, 此, 四壁に金はくを押て、彩色の, 繪あれは、俗に金かくと云、, 應永十五年三月八日, 九四二

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  • 四壁に金はくを押て、彩色の
  • 繪あれは、俗に金かくと云、

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