『大日本史料』 6編 2 建武元年10月~延元元年正月 p.577

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

家となる、其子滿仲より頼信、頼義、義家、相續て、朝家のかためとして久しく, しによりて、大功なきものまても、皆かゝるへき事と思ひあへり、頼朝は我, に、征東將軍忠文の朝臣か副將として、かれか節度をうく、それより武勇の, の勳功にや、それすら京上りの時、大納言大將に任せられしをは、かたくい, なみ申けるを、おしてなされてけり、公私のわさはひにや侍りけん、其子は, 身かゝれはとて、兄弟一族をはかたくをさへけるにや、義經五位の檢非違, 族もおほくほろほされしは、おこりのはしをふせきて、世をも久しく、家を, 蘇我の一門をほろほして、皇家をまたくせしよりのちには、たくひなき程, むかし神武の御時に、宇麻志麻尼命の中州をしつめ、皇極の御宇に、大織冠, めしつかはる、上にも朝威まし〳〵、下にも其分に過すして、家を全し侍り, 天意にはたかひにけりと見へたり、君もかゝるためしを、はしめさせ給ひ, 使にてやみぬ、範頼か參河守なりしは、頼朝拜賀の日、地下の前驅に召加へ, もしつめんとにやありけん、先祖經基はちかき皇孫なりしかと、承平の亂, たり、おこる心みへけれはにや、この兩弟をも終にうしなひにき、さらぬ親, かれか跡なれは、大臣大將になりて頓てほろひぬ、更に跡といふものなし、, 頼朝其一, 族ノ官位, ヲ抑制ス, 建武二年八月三十日, 五七七

頭注

  • 頼朝其一
  • 族ノ官位
  • ヲ抑制ス

  • 建武二年八月三十日

ノンブル

  • 五七七

注記 (20)

  • 391,619,58,2203家となる、其子滿仲より頼信、頼義、義家、相續て、朝家のかためとして久しく
  • 1212,618,61,2206しによりて、大功なきものまても、皆かゝるへき事と思ひあへり、頼朝は我
  • 508,626,59,2187に、征東將軍忠文の朝臣か副將として、かれか節度をうく、それより武勇の
  • 1682,624,58,2190の勳功にや、それすら京上りの時、大納言大將に任せられしをは、かたくい
  • 1566,619,57,2194なみ申けるを、おしてなされてけり、公私のわさはひにや侍りけん、其子は
  • 1096,611,59,2212身かゝれはとて、兄弟一族をはかたくをさへけるにや、義經五位の檢非違
  • 745,617,56,2204族もおほくほろほされしは、おこりのはしをふせきて、世をも久しく、家を
  • 1799,617,59,2205蘇我の一門をほろほして、皇家をまたくせしよりのちには、たくひなき程
  • 1918,618,59,2212むかし神武の御時に、宇麻志麻尼命の中州をしつめ、皇極の御宇に、大織冠
  • 275,624,58,2195めしつかはる、上にも朝威まし〳〵、下にも其分に過すして、家を全し侍り
  • 1332,618,59,2201天意にはたかひにけりと見へたり、君もかゝるためしを、はしめさせ給ひ
  • 977,615,61,2192使にてやみぬ、範頼か參河守なりしは、頼朝拜賀の日、地下の前驅に召加へ
  • 626,622,58,2202もしつめんとにやありけん、先祖經基はちかき皇孫なりしかと、承平の亂
  • 862,624,57,2198たり、おこる心みへけれはにや、この兩弟をも終にうしなひにき、さらぬ親
  • 1449,624,59,2214かれか跡なれは、大臣大將になりて頓てほろひぬ、更に跡といふものなし、
  • 1137,255,41,160頼朝其一
  • 1093,256,42,171族ノ官位
  • 1049,260,42,161ヲ抑制ス
  • 171,686,46,383建武二年八月三十日
  • 171,2409,44,126五七七

類似アイテム