『大日本史料』 4編 11 建暦元年1月~2年11月 p.493

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

りなかりけるとなむ、, りて弟子となり給にけり、, へ給に、律師すべてものいはす、うちにたちいりて文櫃十餘合をとりいた, こゝろみに獨學の推義をのへ給けれは、僧都感歎していはく、貴房はたゝ, 人にあらす、おそらくは大權の化現歟、昔の論主にあひたてまつるとも、こ, れにはすくへからすとおほゆるほとなり、智惠深遠なること言語道斷な, きて不審をあげられけるに、僧都返答にをよばざる事ともありけり、上人, 醍醐に三論宗の先達あり、權律師寛雅これなり、かしこにゆきて、所存をの, うちへ請しいれたてまつりて對面し、法談ときをうつされけり、宗義につ, りとて、二字をたてまつり、一期のあひた、毎年に供養をのふることをこた, けり、大床におはしけるを、僧都いかゝおもはれけん、あかり障子をあけて, 七日參籠のことありき、求法の一事を祈請のためなりけり、, 清凉寺の參籠七日滿しけれは、それより南都へくたり、法相宗の碩學藏俊, 保元々年上人二十四のとし、叡空上人にいとまをこひて、嵯峨の清凉寺に, の房にいたりて、修行者のさまにて對面し申さんと申されたり, 僧都, 贈僧, ○中, 略、, 正, 南都ヘ下, リ藏俊僧, 嵯峨ノ清, 凉寺ニ參, 醍醐ニ至, 訪フ, 籠, リ寛雅ヲ, 都ヲ訪フ, 建暦二年正月二十五日, 四九三

割注

  • 贈僧
  • ○中
  • 略、

頭注

  • 南都ヘ下
  • リ藏俊僧
  • 嵯峨ノ清
  • 凉寺ニ參
  • 醍醐ニ至
  • 訪フ
  • リ寛雅ヲ
  • 都ヲ訪フ

  • 建暦二年正月二十五日

ノンブル

  • 四九三

注記 (31)

  • 470,651,52,642りなかりけるとなむ、
  • 1865,646,56,789りて弟子となり給にけり、
  • 234,668,62,2190へ給に、律師すべてものいはす、うちにたちいりて文櫃十餘合をとりいた
  • 935,652,59,2202こゝろみに獨學の推義をのへ給けれは、僧都感歎していはく、貴房はたゝ
  • 819,647,59,2220人にあらす、おそらくは大權の化現歟、昔の論主にあひたてまつるとも、こ
  • 703,652,62,2216れにはすくへからすとおほゆるほとなり、智惠深遠なること言語道斷な
  • 1050,650,61,2215きて不審をあげられけるに、僧都返答にをよばざる事ともありけり、上人
  • 349,651,64,2206醍醐に三論宗の先達あり、權律師寛雅これなり、かしこにゆきて、所存をの
  • 1169,648,59,2209うちへ請しいれたてまつりて對面し、法談ときをうつされけり、宗義につ
  • 586,651,60,2212りとて、二字をたてまつり、一期のあひた、毎年に供養をのふることをこた
  • 1286,646,59,2219けり、大床におはしけるを、僧都いかゝおもはれけん、あかり障子をあけて
  • 1632,645,59,1799七日參籠のことありき、求法の一事を祈請のためなりけり、
  • 1515,644,62,2225清凉寺の參籠七日滿しけれは、それより南都へくたり、法相宗の碩學藏俊
  • 1748,644,59,2219保元々年上人二十四のとし、叡空上人にいとまをこひて、嵯峨の清凉寺に
  • 1404,945,56,1923の房にいたりて、修行者のさまにて對面し申さんと申されたり
  • 1400,648,54,127僧都
  • 1427,798,42,111贈僧
  • 1665,2462,39,111○中
  • 1624,2461,40,52略、
  • 1384,801,38,39
  • 1556,280,40,168南都ヘ下
  • 1512,285,43,167リ藏俊僧
  • 1773,281,42,170嵯峨ノ清
  • 1729,281,42,170凉寺ニ參
  • 393,285,42,167醍醐ニ至
  • 306,283,42,79訪フ
  • 1686,279,42,40
  • 350,287,40,160リ寛雅ヲ
  • 1468,281,43,164都ヲ訪フ
  • 131,721,43,425建暦二年正月二十五日
  • 140,2450,42,118四九三

類似アイテム