『大日本史料』 8編 24 長享2年12月~同年雑載 p.191

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

候、然者文明十五年御補任そたて候へは、御けんくわん之處もさらにきこゑいす候、自, 細御心得よし御返事候、そうしや小畠六郎殿、, 安原方、, 然公方樣又御屋形ヨリも御たつねの子細候はゝ、其時御門跡樣より御返事御申候はす, 一能椿此寺へ御出候、我らか御補任申度候とて、二十疋持被來候、, 松梅院若子三かう長享貳年二月十六日付御補任被成候、松梅院そうしや渡邊孫右衞門、, 同十五日、, 相番江村之方、, て候間、此御補任にて六かうを相ふれ候へは、寶成院御けんくわん候事は、御前樣御, 一從松梅院御門跡樣へ御注進、右子細者、我らかてもの三かうを申度候由申さるゝ、委, 屋形として御けんくわんの儀にて候、又けんふの御奉書被成者、東山殿樣よりなされ, 松梅院ヨリ御門跡樣へ御注進、右子細者、寶成院三人御補任、文明十五年の御補任に, 同十一日、, 同十四日、, 若子, 長享二年雜載, 一九一

頭注

  • 若子

  • 長享二年雜載

ノンブル

  • 一九一

注記 (17)

  • 422,684,61,2191候、然者文明十五年御補任そたて候へは、御けんくわん之處もさらにきこゑいす候、自
  • 1235,684,58,1169細御心得よし御返事候、そうしや小畠六郎殿、
  • 1818,681,55,194安原方、
  • 306,686,61,2186然公方樣又御屋形ヨリも御たつねの子細候はゝ、其時御門跡樣より御返事御申候はす
  • 1584,646,58,1674一能椿此寺へ御出候、我らか御補任申度候とて、二十疋持被來候、
  • 1003,652,59,2219松梅院若子三かう長享貳年二月十六日付御補任被成候、松梅院そうしや渡邊孫右衞門、
  • 1120,623,55,253同十五日、
  • 888,683,56,363相番江村之方、
  • 655,688,59,2186て候間、此御補任にて六かうを相ふれ候へは、寶成院御けんくわん候事は、御前樣御
  • 1351,644,59,2235一從松梅院御門跡樣へ御注進、右子細者、我らかてもの三かうを申度候由申さるゝ、委
  • 538,686,60,2185屋形として御けんくわんの儀にて候、又けんふの御奉書被成者、東山殿樣よりなされ
  • 769,657,60,2213松梅院ヨリ御門跡樣へ御注進、右子細者、寶成院三人御補任、文明十五年の御補任に
  • 1702,621,54,254同十一日、
  • 1471,623,53,255同十四日、
  • 1017,238,46,87若子
  • 205,737,45,262長享二年雜載
  • 205,2407,43,97一九一

類似アイテム