『大日本史料』 8編 26 長享2年雑載~延徳元年2月 p.25

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

安原兩人、, れ御入候はする事にて候を、上樣へ計めさるゝ儀、一向社家不及覺悟候由申さるゝ、, は、さいわいたくふろにて候ほとに、社僧并承仕ヲも入候への由にて、如此儀候、御, 同十三日、, 一從松梅院政所殿へ申さるゝ、右子細者、湯田地子錢少事つゝも御門跡樣へ、於于今御, 政所殿より御返事樣、委細承候、先者彼下地はこんほんは湯田にてはなく候、政所徳, 分にて候を、中比湯田なされ、御門跡さま御ふろヲたかせ御入候、御門跡樣御意に, ふろたてん付候ては、御門跡樣御しんたい候へき事にて候、松梅院にて、奏者渡邊・, 一能椿湯田算用状調出也、三通在之、, 知行候、これは一社くもつにて候間、社家へ御支配候て、京等こふろをもとめさせら, 〔北野社家目代日記〕九月十一日、, 三日、天氣朝曇、夕快晴、, 興春庵御返報, 略, ○中, 根本ハ湯田, ニアラズ政, 所ノ得分ナ, ノ供物ニテ, 湯田ハ一社, 社家ニ支配, 湯田, リ, 長享二年雜載, 二五

割注

  • ○中

頭注

  • 根本ハ湯田
  • ニアラズ政
  • 所ノ得分ナ
  • ノ供物ニテ
  • 湯田ハ一社
  • 社家ニ支配
  • 湯田

  • 長享二年雜載

ノンブル

  • 二五

注記 (25)

  • 438,652,55,248安原兩人、
  • 1051,657,60,2163れ御入候はする事にて候を、上樣へ計めさるゝ儀、一向社家不及覺悟候由申さるゝ、
  • 686,665,59,2184は、さいわいたくふろにて候ほとに、社僧并承仕ヲも入候への由にて、如此儀候、御
  • 315,593,54,252同十三日、
  • 1298,611,60,2235一從松梅院政所殿へ申さるゝ、右子細者、湯田地子錢少事つゝも御門跡樣へ、於于今御
  • 929,651,59,2194政所殿より御返事樣、委細承候、先者彼下地はこんほんは湯田にてはなく候、政所徳
  • 809,649,58,2193分にて候を、中比湯田なされ、御門跡さま御ふろヲたかせ御入候、御門跡樣御意に
  • 561,656,61,2172ふろたてん付候ては、御門跡樣御しんたい候へき事にて候、松梅院にて、奏者渡邊・
  • 1561,613,56,924一能椿湯田算用状調出也、三通在之、
  • 1175,656,59,2186知行候、これは一社くもつにて候間、社家へ御支配候て、京等こふろをもとめさせら
  • 1418,574,78,1018〔北野社家目代日記〕九月十一日、
  • 1693,601,58,649三日、天氣朝曇、夕快晴、
  • 1827,944,56,339興春庵御返報
  • 1676,1272,42,36
  • 1725,1275,40,78○中
  • 944,215,40,216根本ハ湯田
  • 899,225,40,209ニアラズ政
  • 852,215,40,215所ノ得分ナ
  • 1149,222,41,211ノ供物ニテ
  • 1192,213,42,222湯田ハ一社
  • 1103,214,42,219社家ニ支配
  • 1564,215,41,84湯田
  • 817,217,26,38
  • 219,706,45,262長享二年雜載
  • 224,2414,41,70二五

類似アイテム