『大日本史料』 9編 1 永正5年6月-永正6年9月 p.746

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く攻戰ふ、城兵猛しと云共、入替る勢もなく、其身金鐵ならふは、五百餘騎の, 言寡者なれは、古人の所謂子の師たる器なりとて、二百貫の地を與へ、千翁, とて、永正元年に産れて、今年六歳、次は女子三歳に成給ふを、近藤某とて、幼, 丸に附置れけるを呼出し、此間の戰に、味方聊勝に乘といへ共、士卒過半討, 手はさすが大勢なれは、城外を十重廿重に取卷、晝夜二十餘日、息をも繼す, 揉たりける、城兵も爰を專途と防き戰へ共、寄手は倍する大軍、新手を入替, せんと思ひ極たる也、よしや骸を軍門に曝すとも、名を後代に揚んこそ武, し、翌なは清く討死すへきにそ極めける、兼序二人の御子あり、一は千翁丸, 少より、膝元にく召つかはれ、漸成長、智慮あつて情深く、信あつて禮讓厚く、, 兵大半討死して、殘すくなに成りにけり、其上俄の籠城なりけれは、内には, て用道を絶たれは、粮を入へき方便もなし、斯ては此城一日も持怺ん樣な, れ、兵粮も盡果ぬ、憑み甲斐なき籠城して、徒に餓死せんより、明なは死を決, 序は討取所の首二百三十五、實檢して首途よしとそ悦はれける、され共寄, 士の本意なれ、汝は譜代相傳の者と云、年來千翁丸を守立しと云、其身甲斐, 兵〓盡て、人馬飢に望み、外には援兵の救もなく、敵軍は透間もなく打圍み, 千翁丸ヲ, 某ヲシテ, 窮ス, 兼序近藤, 伴ヒ〓出, 城中糧ニ, 兼序ノ二, 子, セシム, 永正六年五月是月, 七四六

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  • 千翁丸ヲ
  • 某ヲシテ
  • 窮ス
  • 兼序近藤
  • 伴ヒ〓出
  • 城中糧ニ
  • 兼序ノ二
  • セシム

  • 永正六年五月是月

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  • 七四六

注記 (26)

  • 1484,648,62,2197く攻戰ふ、城兵猛しと云共、入替る勢もなく、其身金鐵ならふは、五百餘騎の
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