『大日本史料』 9編 1 永正5年6月-永正6年9月 p.759

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をおこすへきものなりと、こゝろある人はいひあへり、, りけるにや、八九歳の頃より、手習ひに心かけ、物よみならひ、なに事にても, り座へ飛ならは、父か跡を取かへしてとらせんと〓て仰けれは、聞もあへ, か住く人をとる、大蛇か人をのむなと云る雜談をも、餘念なく面白かり、淫, もひけお、かくて千王丸七歳の夏、一條殿凉亭に御座ありて、此腰戸の上よ, たゝものにあらすと感し給ふ、是のみならす、千王丸母の教訓耳にとゝま, す、高さ九尺計の亭より座へ飛たり、一條殿御手をうたせ給ひ、何と見ても, 人に習ふ事を好き、昔物語を聞たかり、軍物語り、又はいつれの地には化物, 深けれは、是を見、彼を聞く人、御惠みの深きを感し、かたしけなき事にだお, 我部宮内少輔元秀ト申ハ、元親ノ祖父ナリ、年頃細川殿御前ヨケレハ、其, 威ヲ以國侍ヲ蔑ニアテカウ、此遺恨ニヨリテ、細川殿切腹ヲ聞テ、本山張, 亂みたりの咄、利欲手廻しの事なとをは嫌ひて、其座を立去けり、如何樣家, 〔土佐軍記〕上元秀戰死, 其子高國武勇ヲ振フト云ヘ〓、相順人モナシ、其比長宗, 一永正四年六月廿四日ニ、細川右馬頭政元京師ニテ切腹、, ○細川澄之、其父, 三日ノ條ニ見ユ, ト、四年六月二十, 政元ヲ〓スルコ, 氏ニ依リ, 兼序細川, テ勢アリ, 兼序怨ヲ, 受ク, 永正六年五月是月, 七五九

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  • ○細川澄之、其父
  • 三日ノ條ニ見ユ
  • ト、四年六月二十
  • 政元ヲ〓スルコ

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  • 氏ニ依リ
  • 兼序細川
  • テ勢アリ
  • 兼序怨ヲ
  • 受ク

  • 永正六年五月是月

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  • 七五九

注記 (26)

  • 844,669,55,1637をおこすへきものなりと、こゝろある人はいひあへり、
  • 1305,661,59,2200りけるにや、八九歳の頃より、手習ひに心かけ、物よみならひ、なに事にても
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