『大日本史料』 9編 3 永正7年是歳-永正9年3月 p.534

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候へは、しろるへき事にて候とおすしめし候、所らういよ〳〵わつらは, 阿野相公病氣難義之由聞及候間、遣人之處、自今朝又相, しきやうに候はん、いかやうにもほんふくの事を、めてたく申され候へ, く候と、心えて申とて候、このよし御心え候へく候、かしく、, 文けささに入て候、あの宰相中將さうそくの事、ひてふさおとうと、ゐの, くまにて候つるを、さため候へきよし申され候、ま〓にまつのやうに申, たれにてもの御局へ, 可然之事也、葬禮事於壬生可致其沙汰、引導事號大周會下僧, 十七日、甲子、晴、早朝阿野青侍大郎來、於門前〓之、贈官間事有申旨、不可然之, 煩、統秋朝臣只今可獻藥之由申候由返報、申刻許已氣絶之由聞及候間、遣人, 相尋候處、事實也云々、言語道斷、愁歎無比類者也、今年四十一歳、數年知己、呑, 由返答了、委細不能記之、繼家小童多聞、母儀禪尼相副、自一昨夜在彼亭云々、, 大樹御, 信仰之仁也、以件人可申談云々、法名道健、道號中叟云々、委細之儀、追而可尋, 十六日、癸亥、晴, 聲而已, 御返事, 永正八年九月十六日, 相公師, 也云々, ○中, 略, 投藥, 相續人多, ルベカラ, 豐原統秋, ニ移ル, 贈官ハ然, 聞阿野第, 導師周〓, 返書, 五三四

割注

  • 相公師
  • 也云々
  • ○中

頭注

  • 投藥
  • 相續人多
  • ルベカラ
  • 豐原統秋
  • ニ移ル
  • 贈官ハ然
  • 聞阿野第
  • 導師周〓
  • 返書

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  • 五三四

注記 (32)

  • 1626,678,74,2096候へは、しろるへき事にて候とおすしめし候、所らういよ〳〵わつらは
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