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砲稠敷射出けれは、寄手も少し責あ〓む處に、吉川殿御兄弟、井上新右衞門, 我をとらしと乘込、各分捕仕候、長野兵部大輔は、鑓を打折、太刀を拔、切懸ん, 内藤十郎兵衞壹番に乘込處を、兩人共鐵砲にて打伏候、續て責入、吉川衆十, とする處を、佐波常陸守透間なく追掛まは、取て返し、常陸守と切結ぬ、佐波, 三郎右衞門叔父長野兵部大輔と申大力剛之者、一千餘にて籠り居候、弓、鐵, 先ををせ、無念に存、射れとも〓共事ともせす乘込は、御旗本の福原、桂、志道, 先高橋を御見繼可被成とて、元春よりは森脇若狹守、隆景よりは有田, 競ひに畏れて、小三ケ岳へ逃入、寄手衆續て小三ケ岳へ責上る、此城は長野, 田中務壹番首を取、森脇内藏太夫、生年十七歳にて、組打高名を仕る、吉川式, 部少、山縣四郎左衞門二十五も手柄成、分捕を仕る、小早川殿衆も、吉川勢に, 加賀守、爲御加勢、高橋居城寶萬へ被差越候、左候而、同年十一月五日卯之刻, 三ケ岳押寄責させらるゝ、吉川殿先手衆一番に乘込、貳拾餘人敵を討取、其, 餘人、是も鐵砲に中り打果する、然共今田中務、吉川式部、香川兵部、山縣四郎, 左衞門、二宮杢助、森脇藏内太夫無二に懸て城を打破、壹度に乘込、中にも今, か下人深井杢允、主を討せしと、後ゟ兵部をむすといたけは、兵部刀を取直, 永祿十一年九月四日, ○上, 略, 森脇某有, 田某ヲ派, ケ岳ニ逃, 將奮鬪, 川勢苦戰, 吉川小早, 鑑種ノ援, 弘勝ノ苦, 兵トシデ, 元春ノ部, 戰, 城兵小三, 元春隆景, ス, 永祿十一年九月四日, 五二
割注
- ○上
- 略
頭注
- 森脇某有
- 田某ヲ派
- ケ岳ニ逃
- 將奮鬪
- 川勢苦戰
- 吉川小早
- 鑑種ノ援
- 弘勝ノ苦
- 兵トシデ
- 元春ノ部
- 戰
- 城兵小三
- 元春隆景
- ス
柱
- 永祿十一年九月四日
ノンブル
- 五二
注記 (34)
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